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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第29話 王妃との謁見


 扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。

 王妃エレオノールは、宝石のような瞳でこちらを見つめていた。

 優雅で冷静で政治家の目をしている。


(ひぃ怖い!)


 謁見の間は、金色の装飾で彩られた豪華な空間だった。天井には煌びやかなシャンデリアが灯り、壁には王妃の肖像画が飾られている。肖像画の目さえもが、生きているかのように私を見守っているような気がした。

 王妃は玉座に座っているわけではなく、部屋の奥に置かれた優雅な椅子に身を預けていた。座る姿勢さえもが、王家の威厳を放っていた。

 家族が順に挨拶し、最後に私の番が来た。


「リリアナ・フォン・エルヴェルム、ご挨拶申し上げます」


 マグヌスに叩き込まれた通り、角度30度のお辞儀をする。


(震えてないよね?)


 王妃は微笑んだ。


「顔を上げて、リリアナ嬢」


 柔らかい声は、背筋が凍るような威圧感があった。

 慎重に顔を上げると、王妃の目はまっすぐに私を捉えていた。逃げ場のない、研ぎ澄まされた視線だ。


「最近、あなたの噂をよく耳にするわ」


(うわぁ来た!)


 心臓が激しく鼓動する。自分の噂など、王妃の耳に入るようだ。


「学園での善行、騎士団長を助けた件、ミレイユ嬢との友情」


(全部偶然です)


 王妃は扇子を手に持ち、ゆっくりとそれを開いた。その動作ひとつが、威力を持っているように見える。


「そしてアレクシスが信頼できる人物と断言したこと」


(あれは勝手に言われただけ!)


 殿下の言葉が、こんなところで響いてくるなんて。私は内心で絶叫していた。


「あなたは、何を考えて動いているのかしら?」


(保身です!!)


 でも、そんなこと言えるわけがない。


「わ、わたくしはただ、周囲にご迷惑をかけないよう。努めているだけでして」


 王妃の目が細くなる。


「周囲に迷惑をかけないように。それは、政治家の基本姿勢よ」


(違う!! ただ目立ちたくないだけ!!)


 王妃は扇子を静かに閉じた。その音が、謁見の間に響き渡る。


「あなたの言葉は簡潔で、余計なことを言わない。これは、非常に良いわ」


(ただ緊張してるだけです!!)


 王妃はゆっくりと立ち上がり、私へと歩み寄った。足音は、床に優雅に響く。


「アレクシスがあなたを信頼する理由が分かる気がする」


(簡単に分からないで!!)


「あなたは、王妃としての器を持っている」


(持ってない!! 器どころか、王妃になりたい気もない)


 必死に否定しようとした。王妃の言葉の重さに、膝が震えそうになる。


「い、いえ、わたくしは、そのような大それた器では」


 王妃は再び席に戻った。動きは、全てが計算されたように見える。


「謙虚さもあるのね。ますます良いわ」


(謙虚じゃない。ただ怖いだけ!!)


 王妃は傍に置かれた小卓から、優雅に紅茶のカップを手に取った。それは磁器でできた、透き通るような白い器だった。


「では、ひとつ聞かせてちょうだい」


 王妃は優雅に紅茶を口にした。


「あなたは、アレクシスの隣に立つ覚悟があるの?」


(ない!! 全力でない!!)


 質問は、単なる確認ではなく、私の全てを問う言葉だった。王妃の瞳には、答えを読み取ろうとする意志が映っていた。

 でも、ここで、ありませんと言ったら、それこそ政治的に終わる。

 私は震える声で答えた。


「わたくしは、殿下のお役に立てるよう努力する所存です」


 王妃の目が輝いた。目の光は、狩人が獲物を捕らえたときの輝きに似ていた。


「努力する所存。良い言葉ね。覚悟を持つ者の言葉だわ」


(違う、覚悟なんてない!! ただの保身!!)


 王妃は再びカップを置き、両手を優雅に胸の前で組んだ。


「リリアナ嬢。あなたを王宮の正式な後援対象とするわ」


(えっ後援?)


 私を襲った言葉だった。正式な後援対象。それは何を意味するのだろう。


「今後、あなたが困ったときは、私が力を貸しましょう」


(やめてぇぇぇ!! そんな大きな後ろ盾いらない、かいかぶりです)


 王妃の後援を受けるということは、王宮と直結するということだ。それは、より大きな期待が向けられることを意味する。より多くの視線が、私に注がれることになるのだ。


「あなたは、王宮にとって価値ある人物よ」


(価値なんてない。元は転生してきた、ただのごく普通の一般人だよ)


 王妃は立ち上がり、再び私へと近づいた。その香水の香りが、鼻をくすぐる。


「多くの者が、権力や地位を求めてやってくる。だけど、あなたは違う。あなたは、どちらも求めていないのに、それでいて信頼を勝ち取っている。それが、どれほど珍しいことか、あなたは理解していないのかもしれませんね」


 王妃の言葉は、まるで預言のようだった。

 私は頭を抱えたくなった。


(破滅シナリオを回避して生き残ればいいのよ。それ以上は要らないだけ)


「今日は来てくれてありがとう、リリアナ嬢。また近いうちに話しましょう」


(近いうち、また? いやいやもう会いません。呼ばないで)


 王妃は最後に、意味深な笑みを浮かべた。


「あなたの未来とても楽しみだわ」


(楽しみじゃないって。私は平穏に生きたいだけ!! お願いだから静かにさせて)


 謁見室を出た瞬間、私はその場にへたり込んだ。


「リリアナ、大丈夫か?」


 兄ルシアンが笑いながら言う。


「お姉さま、すごかったよ!!」


 妹ソフィアが抱きつく。


(しんどかったよ)


「よくやった」


 父が短く言う。


(私には失敗にしか思えませんが)


「完璧でしたわ」


 母が微笑む。


(完璧に失敗ですよ私には)


「リリアナ様!! お辞儀の角度、完璧でした」


 マグヌスが叫ぶ。


「お嬢様、お疲れ様でございます」


 セバスチャンが優しく言う。


(みんな違うのよ。私はただ生き延びたかっただけ)


 私は涙目で空を見上げた。


(破滅フラグ、また増えたよね)

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