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第28話 王妃との謁見
王宮の白い石畳に馬車が止まった瞬間、私は心臓が跳ねるのを感じた。
(ついに来てしまった)
窓越しに見える王宮の塔は、空高くそびえ立ち、まるで私の不安を象徴しているようだった。この建物の中には、王国の最高権力者である王妃が待っている。何度も頭では理解していたはずなのに、現実を前にすると足がすくむ。
馬車の扉が開くと、整列した侍女と侍従が一斉に頭を下げた。その光景は圧倒的で、私の息は浅くなる。
「エルヴェルム公爵家の皆様、王妃陛下がお待ちでございます」
その視線が、明らかに私に向けられている。
(やめてそんな期待の目で見ないで!)
私は家族の後ろに隠れたい気持ちでいっぱいだった。それはできない。なぜなら、この謁見は私のためのものだからだ。王妃が特に指名した、という話だから。
父アルベルトは、王宮の空気を一瞥しただけで表情を変えない。父は政治の場慣れした貴族だ。
「ふむ。王妃陛下の本気というわけか」
その一言から、何かただごとではない空気が漂っていることを感じさせられた。
(お父様、怖い)
母エレノアは優雅に微笑み、私の肩に手を置いた。
「リリアナ、背筋を伸ばして。あなたは堂々としていればよろしいのよ」
その優雅さは、緊張している私を余計に不安にさせた。期待の大きさが、言葉の端々に感じられるのだ。
(堂々なんてできない)
兄ルシアンは楽しそうに私の肩を叩いた。彼はいつも何事も楽観的だ。
「大丈夫。王妃陛下がどんな反応をするか僕は楽しみだよ」
励ましのつもりなのだろうが、私には心配を増やしているだけだった。
(楽しむところじゃない!)
妹ソフィアは私の手をぎゅっと握った。彼女の手の温かさだけが、少しだけ私を落ち着かせる。
「お姉さま、がんばって王妃さま、きっと優しいよ」
彼女の純粋な応援は、一瞬だけ私の不安を和らげた。
(優しいといいけど!)
馬車を降りた瞬間、家庭教師マグヌスが私の前に飛び出した。彼は高い鼻と厳しい眉が特徴の、一見怖そうな老人だが、教育に関しては誰よりも誠実だ。
「リリアナ様、最終確認です」
「えっ、ここで?」
「ここでです。お辞儀の角度は30度声は落ち着いて。歩幅は一定笑顔は控えめ絶対に」
彼の連続砲火のような指示に、私の不安はさらに増幅された。できることがあまりに多すぎる。
「マグヌス」
父の低い声が飛んだ。その声には、確かな権力と静寂を呼ぶ力があった。
「しっ、し、失礼しました」
マグヌスは即座に下がり、父に頭を下げた。
(お父様助かった)
執事セバスチャンが静かに私の横に立った。彼は数十年、エルヴェルム家に仕えた古参の執事で、その落ち着きは危機的状況でも揺るがない。
「お嬢様。王妃陛下との謁見は、穏やかな場になるよう事前に調整してございます」
「調整?」
「はい。陛下はお嬢様に興味をお持ちですが、敵意はございません。ご安心を」
その言葉は、慎重に選ばれたものだった。セバスチャンはただの執事ではなく、家族の信頼を一身に集める存在だ。
(セバスあなたがいなかったら私は地獄だった)
少女時代から、彼のこの静かな支えは何度もリリアナを救ってくれたと想像できる。政治的な話は理解できなくても、彼の言葉には常に安心が詰まっている。
同じく侍女のエマもそっと微笑んだ。
「お嬢様、深呼吸を。大丈夫ですわ」
彼女の柔らかい声と表情は、母親のような温かさを持っていた。
(エマ癒やし)
侍従に案内され、私たちは王宮の長い廊下を歩いた。
赤い絨毯が足音を吸収し、高い天井は遠く見える。壁に並ぶ歴代王妃の肖像画は、みな厳格で気品に満ちていた。その目はすべて前を向き、何かを見つめているようだった。
(うううう、圧がすごい)
家族は堂々と歩いているのに、私だけが足元を見てしまう。この廊下を歩く度に、王宮という場所の圧倒的な力を感じずにはいられない。
歩きながら、私は深呼吸を繰り返した。セバスチャンのアドバイスを思い出し、一歩一歩を意識する。歩幅は一定に。背筋は伸ばしたまま。呼吸は、穏やかに。
そのとき、侍従が立ち止まり、振り返った。表情は緊張していた。
「この先が、王妃陛下の御前です」
(ついに。王妃がいる。ドキドキ)
心臓が跳ねた。逃げ場はもうない。
扉の前で、家族たちが私を見つめた。
「リリアナ。何があっても、我らがついている」
確かな約束だった。父は政治家であり、戦略家だ。だからこそ、言葉の重みは誰よりも理解できる。
(お父様)
「自信を持ちなさい。あなたは私たちの誇りですわ」
責任と愛情が混在していた。母は社交界で活躍する貴族の妻であり、完璧さを求める人だ。
(母様重いでも嬉しい)
「まあ、気楽にね。王妃陛下が驚く顔、楽しみだ」
兄ルシアンの言葉には、緊張を和らげようとする優しさが隠れていた。
(兄様、楽しんでる。心臓強いわね)
「お姉さま、がんばって大好き」
ソフィアの純粋な応援が、私の心に最も響いた。
(ソフィアかわいい)
「リリアナ様お辞儀の角度は」
(しつこいな)
「マグヌス」
父の低い声が、また飛んだ。
「あっ、はい」
(お父様ありがとう)
侍従が深く一礼し、重厚な扉に手をかけた。その扉は、王宮の中でも最も厳かなものだった。
「王妃陛下の御前に、エルヴェルム公爵家の皆様をお通しします」
扉がゆっくりと開いていく。その音は、どこか運命的に聞こえた。
その先には王妃エレオノールが、優雅に微笑みながら座っていた。
彼女の美しさは、本当に息を呑むほどだった。王の妻にして、王国の政治に大きな影響力を持つ女性。その瞳には、知性と力が宿っていた。
(王妃の輝き、ハンパない)
私は息を呑んだ。
ここから先は、もう逃げられない。
王妃の視線が、私に向けられた。
その時、すべてが変わるような予感がした。




