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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第27話 公爵家の朝食と、王妃への道


 王妃陛下との謁見が決まった翌朝。

 私は胃の痛みを抱えたまま、公爵家の食堂へ向かった。


(あああ眠い)


 昨夜はほとんど眠れなかった。天井を見つめたまま、時間だけが過ぎていく。王妃陛下が何を考えているのか、何を期待しているのか。そんなことばかり考えていた。胃がキリキリと痛む。朝日が差し込んだ窓から、王宮の白い塔が見える。あそこへ向かうのだ。

 扉を開いた瞬間、私は息をのんだ。

 家族全員が揃っていた。それも、いつもより一層気を張った表情で。

 父アルベルトは新聞を読みながらも、時折その上から食堂の様子を観察している。母エレノアは優雅に紅茶を飲んでいるが、その背筋は普段以上に真っすぐだ。兄ルシアンはパンをかじっているものの、何度も私を見やる。妹ソフィアははしゃいでいるが、その目は輝いている。

 そして、嫌な気配がした。


「リリアナ様ぁぁぁ、今日も特訓を続けますよ。謁見本番に向けて、最後の仕上げです!」


 家庭教師マグヌスが、朝から全力で叫んでいた。彼は席に着く前に、すでに礼儀作法についての小冊子を三冊、テーブルの上に積み上げていた。


(朝からうるさい。しかも朝食前の特訓って何よ)


 私は息を深く吸い、席に着いた。隣の席を見ると、なぜかマグヌスも当然のように座っていた。パンを一切れ手に取りながら、不断に何かぶつぶつと呟いている。


「マグヌスあなたも食べるの?」


「もちろんです。体力がなければ特訓ができませんから。脳も体も十分に栄養を取ってこそ、本番で最高の力が発揮されるのです」


(特訓のために朝食を食べる家庭教師って何? 逆じゃなくて?)


 マグヌスはパンをもぐもぐしながら、口を満たしたまま私に向かって指を突きつけた。その動作は、家庭教師というよりもむしろ、獲物を追う狩人のようだ。


「リリアナ様、本日は王妃陛下との謁見当日です。これはただの謁見ではありません。王妃陛下が直接ご指名された、特別な謁見なのです。気を引き締めてください。気を、引き、締めてください」


「はい」


 返事をすると、父と母が同時にこちらを見た。視線の重さに、私はテーブルの上の目玉焼きから目が離せなくなった。


(こんなプレッシャーの朝ごはんは初めて)


 父アルベルトは、新聞をゆっくりと折りたたんだ。


「王妃陛下が何を意図しているか、見極めねばならん。ただの儀式ではなく、何か別の意図があるやもしれん」


 父の横顔は真剣そのものだ。政治家としての顔だ。


(お父様、怖い。いつもそのように深読みされるかしら)


 一方、母エレノアはカップを置き、私の方へ微笑みかけた。笑顔は優雅だが、よく見ると目に光がある期待と、それと同時に不安が混在している。


「リリアナ、今日のドレスは完璧ですわ。淡いアイスブルーが肌の色に映えて、とても素敵です。王妃陛下もきっと気に入られるでしょう」


(母様その期待、すごく重いんですけど。私、そんなに完璧な人間じゃないのに)


 兄ルシアンは、相変わらずマイペースにパンを食べながら、わざとらしく興味深そうに眼鏡をくいと上げた。


「いやぁ、楽しみだね。王妃陛下とリリアナの会話絶対面白いよ。いつもの無愛想なリリアナが、王妃陛下の前でどんな顔になるのか」


「それはどういう意味ですか?」


「何もかも」


(この兄、何を言ってるのか)


 横では、妹ソフィアは両手を合わせてキラキラした目で見つめてくる。


「お姉さま、がんばって王妃さまにかわいいって言われるよ。その時はね、こうして」


 妹は身振り手振りを交えて何かを説明してくるが、それを聞くたびに私の顔は赤くなる。


(かわいいって言われる場じゃない。むしろそんなの逆効果だ)


 私の侍女エマと、公爵家の執事セバスチャンは、相変わらずいつものように控えめに紅茶を飲んでいた。二人とも、この朝食時の混乱に動じない。それは何度も同じような場面を見てきたからだろう。


「お嬢様、緊張なさらずに」


 エマが優しく微笑む。彼女の緑色の瞳は、いつも私を落ち着かせてくれる。


「お嬢様なら大丈夫でございます。王妃陛下もご存知かもしれませんが、お嬢様のお人柄は、どんな場面でも輝きます」


 セバスチャンが静かに言う。彼の年輪を重ねた顔と、低い声は、何よりも信頼できる存在だ。


(この二人の落ち着きまさに癒しの水のような存在)


 私は少し、気が楽になった。

 しかし、その瞬間だった。


「大丈夫ではありません。むしろ非常に危険な状況です、お嬢様。礼儀作法の最終確認を」


 マグヌスが再び立ち上がろうとした。彼はテーブルを両手で押して、身を乗り出す勢いだ。


「マグヌス」


 セバスチャンが静かに制した。執事の声は響きはないが、鋭い。武家の家柄出身の執事だからかもしれない。


「お嬢様が食事中です。朝食の時間は、家族の時間でもあります」


「あっ、し、失礼しました!」


 マグヌスは慌てて席に戻った。


(セバス、あなたがいなかったら、私は家庭教師の勢いに押しつぶされていた。本当にありがとう)


 朝食が終わると、そのまま何となく謁見の準備会議が始まった。食器を片付けている間も、家族の意見は次々と飛んできた。


「リリアナ。王妃陛下は政治家だ。言葉の裏を読むことを忘れるな。表面的な言葉だけでなく、その奥にある意図を常に探るのだ。それが貴族の務めであり、公爵の娘としての教養だ」


 父が言う言葉は重い。けれど、それは親の責任感からくるものなのだと、私は知っている。


「でも、あまり警戒しすぎても失礼ですわよ。王妃陛下はお優しい方です。あまり構えずに、自分らしくしていれば大丈夫ですわ」


 母が微笑む。父と母の意見は相反しているように見えるが、実は同じ方向を向いている。私が大事だという点で。


「まあ、リリアナなら大丈夫だよ。変なこと言わなければね。あ、でも去年の王子の誕生祝いの時みたいに、王妃陛下の髪飾りについて無駄に長く語るのはやめた方が」


「兄さん、その話は出さないでください」


「い、いや、俺は別に」


「お姉さま、がんばって。王妃さまとのお話、楽しくなるといいね。あと王妃さまは猫をお持ちなんだって! 猫の話をしたら喜ばれるよ」


 妹のその言葉に、私は一筋の光を感じた。猫。


「リリアナ様。お辞儀の角度は30度です。絶対に間違えないでください。王妃陛下の前では、立ち方も歩き方も、一つ一つが採点される気持ちで、いや、採点されますので、間違いなく採点されます。だからこそ」


「マグヌス」


 セバスチャンが再び静かに制した。


(情報量が多い。処理できません。脳がパンになってしまいそうです)


 私は深く頭を抱えた。

 そして、ついに出発の時が来た。

 公爵家の紋章が刻まれた豪華な馬車が、正門の前に控えている。漆黒の塗料に金色の装飾が施された馬車は、公爵家の権威を示す移動する城塞のようだ。

 家族全員が乗り込む。


(ついに出発か。緊張してきた。まさかマグヌスは乗らないだろう)


 父は一番奥の座席に、母はその隣に。兄と妹は向かい合った座席に座り、私はエマとセバスチャンに挟まれた。そしてマグヌスは、もちろん乗り込んできた。


(乗るんかいマグヌス! 家族総出で行くなんて。なんか処刑場に向かう気分。だけどこれは儀式だ。公爵家の娘が王妃陛下に謁見するという、重要な儀式。逃げられない)


 馬車が動き出すと、街の景色が素早く後ろへ流れていく。民家から王宮の領地へ。庶民から貴族へ。いつもより景色が鮮やかに見える。


(まあ馬車の中だから訓練はしないよね)


「リリアナ様。王妃陛下の前では、常に礼儀正しく。言葉遣いは丁寧に。視線は相手の目を見つつも、決して失礼にならぬように。呼吸も浅く、姿勢も正しく」


 馬車の中でも、マグヌスは最後の確認を続ける。


(馬車でもやるのかい!)


「マグヌス」


 父が低く、しかし確かな声で言った。


「はい」


 マグヌスは黙った。


(お父様ありがとう。あなたの威厳があれば、マグヌスも従う)


 窓の外には、王宮の白い塔が見える。それはどんどん大きくなっていく。

 馬車が王宮に到着すると、すでに数名の侍女と侍従が並んでいた。数は、普通の謁見よりも多い気がする。


「エルヴェルム公爵家の皆様、お待ちしておりました」


 侍従の丁寧な一礼。視線は明らかに私に向けられていた。周囲の侍女たちも、何か期待するような、あるいは興味深そうな目で私を見ている。


(やめてそんな期待の目で見ないで。私はただの、平凡な公爵の娘なのに。しかも転生してきた者ですからね)


 父がそっと歩き出し、母がその後に続く。兄と妹も。みな、自信を持った足取りだ。私だけが、心臓の音を聞きながら歩く。

 侍従がついに告げた。


「王妃陛下は、リリアナ様との謁見を心待ちにしておられます。特に、お会いになることを」


(心待ち? そんなそんな。処刑場になるか、それとも歓迎されるのか)


 私はその場で倒れそうになった。エマが素早く私の腕を支える。

 王妃陛下が私に会うのを心待ちにしている。

 何故?

 その答えを求めるかのように、王宮の奥へと案内されていく。

 こうして逃げ場のない謁見が、ついに始まる。

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