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第24話 公爵家の家族会議
王妃エレオノールからの謁見の招待状が届いたのは、エルヴェルム公爵家の朝食の席だった。
光が差し込む食堂。白いテーブルクロスが敷かれた大きな食卓。その上に、銀の封蝋で留められた手紙が置かれた。
それは、王宮からの公式な招待状だ。
私はその手紙を見た瞬間、スプーンを落としそうになった。表面には、王妃の紋章が刻まれている。
(王妃様。なんで私なんかに!)
彼女の心臓は激しく鼓動を始めた。破滅フラグはまた別の形で立ったのか。王妃という、最も複雑な人物の関心を買ってしまったのか。
しかし、家族の反応は私の想像とはまったく違っていた。
当主アルベルトは、手紙を一瞥しただけで表情を変えなかった。
その視線の先に映るのは、確かな思考だった。
「王妃陛下が、リリアナを?」
低く落ち着いた声。その声質は穏やかに聞こえるが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
「これは何か意図がある」
公爵アルベルトは、政治家としての嗅覚を働かせている。
(お父様怒ってる?)
私が不安に思う中、父アルベルトは静かに言葉を続ける。
「王宮が動いたということだ。面白い」
その面白いは、決して軽い意味ではない。むしろ、危険を感知した時の、戦士の言葉だ。
アルベルトは、公爵として、娘を政治利用しようとする動きには敏感だった。権力者が個人に興味を持つのは、その人物を何かのために使うつもりだからだ。
(何やら嫌な予感します)
「リリアナ。王妃陛下への謁見の際は、家族で対応する」
「え、えっ?」
「王宮の政治的な動きには、常に警戒が必要だ。娘一人を送り出すわけにはいかない」
(お父様守ってくれる気満々じゃない?)
私は少しだけ胸が温かくなった。その温かさは、家族の保護から来ていた。
母エレノアは、紅茶を優雅に口に運びながら微笑んだ。
母の笑顔は完璧で、優雅さは疑問の余地がない。笑顔の奥には社交界での計算が隠れている。
「まあ、リリアナ。王妃陛下に呼ばれるなんて、素晴らしいことですわ」
「そ、そ、そうでしょうか?」
「もちろんですわ。あなたの最近の振る舞いは完璧ですもの。王妃陛下が注目されるのも当然ですわ」
(完璧じゃない。全部保身)
私は心の中で泣いた。
しかし母エレノアは続ける。
「この機会に、王宮での立場を確固たるものにしなさい。あなたならできますわ」
(できませんわ絶対に!! ちょっと前まで日本にいたのよ)
母の期待は天井を突き抜けていた。
エレノアの視点では、私は家族の栄誉であり社交界での切り札なのだ。王妃に認められることは、その評価をさらに高めることになる。
「王妃陛下は、社交界の中心ですわ。陛下のご信頼を得られれば、貴族社会でのあなたの地位も不動のものになりますわ」
母は、完璧な笑顔でそう言った。
言葉に含まれるのは、期待であり計算であり愛情だった。
(話がどんどん進んでいるよう)
兄ルシアンは、パンをかじりながら楽しそうに笑った。
兄は最初から、この状況を面白いと判断している。
「へぇ〜、王妃陛下がね。これは面白くなってきた」
「面白くないわよ」
「いや、面白いよ。だって、最近の君別人みたいなんだもの」
「気のせいよ」
ルシアンは肩をすくめた。態度は、完全に観察者だ。
「王太子殿下に信頼され、騎士団長に守られ、ミレイユに懐かれ、王妃陛下に呼ばれる。君、今いちばんの中心にいるよね?」
(そんな中心いらない!!)
ルシアンの視点では、私は興味深い。彼女の周囲に集まる複数の人物たち、その全てが彼女を特別なものとして扱っている。
兄は完璧に理解している。だから、面白いのだ。
「妹よ。君は、知らず知らずのうちに、王宮の中心へ歩み始めたんだ。その自覚がないところが、最高に面白い」
(本当に勘弁して)
兄は完全に観察者として楽しんでいた。
そして末妹ソフィアは、椅子から飛び上がらんばかりに喜んだ。
妹はまだ六歳で、社交界の計算も政治的な意図も、一切理解していない。あるのは、ただお姉さんが王妃様に選ばれたという、純粋な喜びだけだ。
「お姉さま、すごい!!
王妃さまに呼ばれるなんて!!」
「そ、ソフィア落ち着いて」
「お姉さまは絶対に世界を救う人だと思ってたの。だから王妃さまも気づいたんだよ」
(救わない!!)
ソフィアは私の手をぎゅっと握った。手の力は小さいが、確かな信頼に満ちている。
「わたし、お姉さまのこと誇りに思うよ」
妹の純粋な笑顔に、私は何も言い返せなかった。
ソフィアからは、私はお姉さんであり誇りであり、憧れなのだ。
(まあ、かわいいけど)
妹の無邪気な信頼が、私の心を掴んだ。
家族がそれぞれの反応を見せる中、私はひとり震えていた。
(どうしよう。王妃様に会うなんて。絶対に誤解される。破滅フラグがまた増える)
脳裏には、王妃という新しい誤解者との対面が浮かんでいた。王妃は何を期待しているのか。王妃は自分を何だと認識しているのか。
その全てが、私の本当の意図とかけ離れれているはずだ。
しかし、家族は誰も私の不安に気づかない。
父は娘を守るという使命に燃えている。母は家族の栄誉という期待で輝いている。兄は妹の運命という物語を楽しんでいる。妹はお姉さんという存在を全力で信頼している。
そして私だけが、ひとりで絶望していた。
(あああ、困ったなあ)
最後に父アルベルトが締めくくった。
「リリアナ。王妃陛下との謁見には、我らも同行する」
「えっ家族全員で」
「当然だ。娘を政治の場に送り出すのだ。守るのは家族の役目だ」
父であり保護者としての宣言だった。
アルベルトは、私を何かのために使われる駒にはさせない。家族として、公爵家の娘として、リリアナを守る。
父の決意が、一言に込められていた。
私は胸が熱くなった。
(お父様、私のことを想って)
しかし同時に、胃が痛くなるほどの緊張が襲ってきた。
(どうしよう。逃げたいのに逃げられない)
こうして、エルヴェルム公爵家は家族総出で王宮へ向かうことが決まった。
私の意思とは関係なく。
家族の保護の下で、私は新たな誤解の舞台へ歩み始めるのだった。
家族に守られながら、王妃という最強の誤解する者へと。




