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第21話 学園での誤解祭り
学園の朝。時刻は八時。
私は、できるだけ目立たないように、廊下の端を歩いていた。壁に沿って、視線を下げ、廊下を通過するだけのつもりだ。
(今日は何も起きませんように。ただ静かに授業を受けて帰りたい)
その願いは、一つの祈りのようだった。もう何度も同じ祈りをしてきたのに、一度も叶ったことがない。
今日も例外ではない。
学園の空気は、私の願いを秒で打ち砕いた。
「見た? リリアナ様、今日も優雅」
「最近、すごく優しくなったよね」
「氷の公爵令嬢が溶けたって噂、本当だったんだ!」
周囲の生徒たちが、私について語り合っている。
(いや、溶けてない!)
私は心の中で全力否定した。
溶けたのは悪役令嬢のイメージであって、リリアナという人間ではない。それは破滅フラグ回避のための低姿勢であって、本当の優しさではないはずだ。
(こんなはずじゃ)
しかし、周囲の生徒たちは、そんな私の内心など知らない。彼らが見ているのは、私の行動だけなのだ。
そこへ、ヒロイン役のミレイユが駆け寄ってきた。
ミレイユの顔は輝いている。純粋な喜びに満ちた表情だ。
「リリアナ様っ!!」
「み、ミレイユ嬢?」
ミレイユは満面の笑みで、周囲の生徒たちに向かって叫んだ。
「皆さん、聞いてください! リリアナ様は本当に素敵な方なんです!!」
(やめてぇぇぇ!!)
私の内心は悲鳴を上げたが、表面上は落ち着いた表情を保った。
「階段でわたしを助けてくださっていつも優しくて努力家でとても誠実で」
ミレイユは止まらない。彼女の善意は、全て私の美徳に変換されている。
「ミレイユ嬢、落ち着いて!」
「リリアナ様は聖女みたいな方なんです!!」
「聖女?」
その言葉で、周囲の生徒たちがざわついた。
「聖女?」
「リリアナ様が?」
「でも、最近の振る舞いを見るとそう見えるかも」
「本当に変わったんだ」
(なんでそうなるの!)
私は頭を抱えた。ただ関わりたくないという本能で行動しているだけなのに、それが聖女という称号になってしまった。
その時、王太子アレクシスが廊下へ現れた。
彼は周囲の生徒たちを通り過ぎて、私の前に立った。
(今度はなんて言うのか)
「リリアナ。君が困っていると聞いた」
「困ってません。むしろ困ってるのは」
(誰がそんなこと言ったのよ)
私はアレクシスを見上げた。彼の表情には、守る者としての決意が刻まれている。
アレクシスは周囲の生徒たちを見渡した。
「リリアナに無礼な態度を取る者がいれば、私が許さない」
「ひっ!」
生徒たちが一斉に距離を取る。まるで、王太子の威厳に圧倒されたかのように。
(いや、誰も無礼なことしてないよ。むしろ褒められてたよ)
私は必死に否定しようとするが、アレクシスは完全に守るモードに入っていた。
「心配するな。君は私が守る」
(これ、破滅の断罪シナリオは終わったっぽい。死ななくて済みそう)
私の願いだった断罪シナリオは、王太子によっ手回避したかのよう。
◆
さらに追い打ちをかけるように、騎士団長ガルドが駆け込んできた。
彼の顔には緊張と焦りが浮かんでいる。
(今度は過剰護衛か)
「リリアナ様!! 学園内の安全確認が遅れ、申し訳ありません!!」
「えっ、別に危険は」
「いえ、危険です!!」
「どこが危険なのか教えてください」
(だめだこの人。護衛というよりストーカーだよ)
「人が多い場所は危険です!!」
(それはもうどうしようもない、学園なんだから!)
ガルドはアレクシスの横に立ち、私を挟むようにして守り始めた。
二人の男性に左右から挟まれるという状況は、廊下を歩く他の生徒たちの視線を一身に集めた。
(注目されてますけど)
「殿下。リリアナ様の護衛は俺が」
「いや、私が」
「俺が」
「私が」
(やめて! 挟まないで!)
リリアナは完全に沈黙した。これ以上抵抗しても無駄だと理解したのだ。
◆
その光景を目撃した宮廷魔導士セレスが、ゆったりと歩いてきた。
セレスは両手に本を抱えていて、図書室から向かってきたのだろう。
「やあ、リリアナ嬢。今日も人気者だね?」
「セレス様助けて」
私は助言を求めた。セレスが返すのは救いではなく、さらなる誤解の深掘りだった。
「ふむ。君の計算された低姿勢が学園全体に影響を与えているようだ」
「計算してませんわ!!」
私は全力で否定した。
「そう見せかけるのが上手いね。本当に君は面白い」
(違うってば。本当に計算してない!!)
セレスは楽しそうに微笑む。
「まあ、君の裏の意図を理解できるのは僕くらいだろうね」
(裏なんてない。意図もない。ただ生き延びたいだけ!!)
私はもはや抗議する気力も失いつつあった。
アレクシス、ガルド、セレスが私の周囲に立ち並ぶ。
王太子、騎士団長、宮廷魔導士。学園でも最高峰の地位を持つ者たちが、一人の令嬢の周囲に集中している。
その光景を見た生徒たちは口々にする。
「リリアナ様守られすぎでは?」
「王太子殿下に、騎士団長に、宮廷魔導士?」
「これもう聖女じゃなくて救世主では?」
(救世主? 嘘でしょ)
私は震えた。救世主の言葉の重さに。
そして、ミレイユが再び声を上げた。
「皆さん、リリアナ様は本当に素晴らしい方なんです!! もっと知ってください!!」
(ミレイユ嬢おおお、あなたまで!!)
学園中がざわついた。噂は秒速で広がっていく。
「リリアナは聖女だ」
「いや、救世主だ」
「王太子に守られている」
「ガルド団長も従っている」
「セレス魔導士も関心を持っている」
全てが事実に基づいているが、全てが誤解である。
(断罪シナリオが、まさかこんな展開になるとは)
◆
その日の帰り道。
私はぐったりと肩を落とした。
(なんでこうなるのよ。目立ちたくないのに、むしろ逆に目立ってる)
学園という場所は、噂の伝播速度が極めて早い。一日で、氷の公爵令嬢が聖女へと変わったという伝説が完成してしまった。
しかし、アレクシス、ガルド、セレス、ミレイユは、それぞれ満足げだった。
リリアナは守られるべき存在だ。
リリアナ様は安全第一だ。
リリアナ嬢の裏は深い。
リリアナ様は素敵!
全員、何らかの誤解をしている。
(断罪イベントは終わったらしい。良かったのかな)
この誤解と期待の積み重ねが今後どう影響するのか。
私には、予測することすらできない。
ただ、一つだけ確実なことはこの後に何か大きなことが起きるんだろうなという、不穏な予感だけだ。
学園での一日は、誤解祭りとなったのだった。




