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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第20話 公爵家の家族が動き出す


 エルヴェルム公爵家の執務室は、王宮の権力構造を象徴する空間だった。

 重厚な木製の机。机の上に積み重ねられた領地管理の書類。そして、大きな窓から見える領地の遠景。

 当主アルベルト・フォン・エルヴェルムは、書類に目を通しながらも、娘である私の変化を静かに観察していた。

 父親は情報を集めるのが得意だ。領地管理のために、常に部下から報告を受けている。だから、王宮での娘の動きも、当然のように耳に入ってくる。

 最近の娘リリアナについての報告は。


「お嬢様が使用人に優しく接しているとのことです」


「社交界でのお嬢様の振る舞いが落ち着いたようです」


「王太子殿下からのお嬢様への評価が上がっているようです」


「近衛騎士団長がお嬢様を護衛している模様です」


 それら全てが、私が変わったという事実を指し示していた。

 変わったなとつぶやき、アルベルトは表情を変えない。公爵として、感情は顔に出さない。それが父の美学だ。

 内心では確実に興味が湧いていた。

 あの頑固で気位の高い娘がここまで変わるとはと疑う。以前の私は、自分の地位を笠に着て、周囲を見下していた。それはアルベルト自身の教えの結果でもあった。貴族は常に上品で、常に完璧で、常に他者を見下すべしという、硬直した思想。

 それが今は違う。

 私は完璧さを保ちながらも、柔らかさを備えている。それは本当の意味での完璧なのかもしれない。


「面白い」


 アルベルトは表情を変えず、ぽつりと呟いた。

 公爵家の当主がめったに見せない好意的な興味だった。


 母エレノアはサロンで紅茶を飲んでいた。

 公爵夫人専用のサロン。白を基調とした優雅な空間。周囲には貴族の妻たちが集まり、社交界の情報交換をしている。


「まあリリアナの評判が上がっているのね」


 侍女が報告すると、エレノアは優雅に紅茶を一口飲んだ。


「当然ですわ。あの子は本来、完璧に振る舞える素質を持っているのですもの」


 エレノアの声は甘く、やさしく聞こえた。奥には完璧さへの執着があった。

 彼女は完璧な公爵夫人として知られている。每日、社交界で最高の振る舞いを見せ、周囲から尊敬される存在だ。そして、彼女はその完璧さを娘にも要求していた。

 しかし最近のリリアナどこか自然体で、柔らかいと思えた。

 その変化は、エレノアにとっても新しい発見だった。

 完璧さを保ちながらも、人間らしい温かさが感じられるようになった。社交界で最も求められる本物の上品さなのかもしれない。

 社交界での評判が上がるのは良いこと。このまま、リリアナには理想の令嬢として輝いてほしい。

 母は母で、娘の変化を歓迎していた。ただし、完璧さの再確立という文脈での歓迎だが。


 エルヴェルム家の庭園で、兄ルシアンは私とすれ違った。

 彼は無一文の浪費家で、家族の中で最も自由奔放な立場にいる人物だ。そのため、家族の変化に最も敏感でもある。


「やあ、リリアナ。最近、ずいぶんと楽しそうだね」


 ルシアンはにやりと笑った。


「えっそうかしら?」


 私は困惑した。自分がそんなに表に出ているのか。


「うん。前よりずっと表情が柔らかい。まるで別人みたいで見ていて飽きないよ」


(飽きないって何?)


 兄の言い方は一貫して娯楽的だ。


「王太子殿下に気に入られ、騎士団長に守られ、ミレイユに懐かれ、今いちばん面白い立場にいるよね?」


「面白いって言わないで」


 私は呆れた表情を浮かべた。


「だってさ、複数の男性から好感を持たれながら、本人は楽しそう。そこが最高に面白いんだ」


「ルシアン、何を言っているのか分かりませんわ」


「僕は好きだよ。今の君の方が、ずっと魅力的だ」


 兄は兄で、妹の私の変化を娯楽として楽しんでいた。


 そして家族の中で最も分かりやすい反応を見せたのは、末妹ソフィアだった。


「お姉さまっ!!」


 私が帰宅すると、六歳のソフィアが勢いよく抱きついてきた。

 彼女はまだ幼く、社交界の計算や権力関係を理解していない。あるのは、ただ単純な感情だけだ。


「わっソフィア?」


「最近のお姉さま、すっごく優しいんだもん! 大好き!!」


 ソフィアは天使のような笑顔で言った。笑顔には、一切の計算がない。


「前のお姉さまはちょっと怖かったけど今のお姉さまは、ぎゅーってしたくなるの!」


「そ、そう?」


 私の心が、妹の言葉で柔らかく溶けていく。


「うんっ!! 今日も一緒にお茶したい。お姉さまの隣がいいの!」


 ソフィアは私の手を握り、離れようとしない。小さな手は、温かく、そして無意識に信頼を表現していた。

 私は苦笑しながらも、手を優しく握り返した。


(かわいい)


 妹の無垢な愛情は、転生してから初めて感じた本物の家族の温かさだった。


 夜になって、エルヴェルム家の食卓には珍しく全員が揃っていた。

 父アルベルト。母エレノア。兄ルシアン。妹ソフィア。そして私。

 五人が顔を合わせることは滅多にない。公爵家は忙しいのだ。

 しかし、今夜は違った。何かの空気が全員を食卓へ集めたのだ。全員が同じことを思っていた。

 私が変わったと。誰もそれを唐突に口にしない。公爵家の作法では、そういう直接的な言い方は避けるべきとなっている。

 代わりに、アルベルトが静かに言った。


「リリアナ。最近の振る舞い、悪くない」


「えっ?」


 父の言葉に、私は目を丸くする。アルベルトから褒められることは、滅多にない。

 母エレノアも微笑んだ。


「社交界での評判も上がっていますわ。この調子で頑張りなさい」


 母からの励ましは、確かな肯定だった。

 ルシアンは楽しそうに言う。


「僕は今の君、好きだよ。見ていて飽きないしね」


 言い方は相変わらず不真面目だが、確かに好意が込められている。

 ソフィアは満面の笑みで叫ぶ。


「お姉さま大好き!!」


 無垢な愛情は、全てを超越している。

 リリアナは、家族の温かさに胸がじんわりと熱くなった。


(こんな家族だったんだ)


 前のリリアナは、家族の愛情に気づけなかったのだろう。プライドが高く、完璧さを求めるあまり、周囲の愛情を受け取ることができていなかった。

 その愛情が、素直に嬉しかった。


 食事の後、アルベルトは静かに決意した。


「この変化、見届けてみるか」


 彼は娘の未来を見守ることにしたらしい。

 エレノアは社交界での立ち回りを考え始める。 

「リリアナを完璧な令嬢として育てる好機ですわ」


 母は娘の成長を、社交界での成功として支援することに決めた。

 ルシアンは面白がりながら観察を続ける。

 この妹、どこまで変わるのか楽しみだとし、娯楽として、妹の人生を追い続けるみたい。

 ソフィアは全力で懐き続ける。


「お姉さま、ずっと一緒にいてね!」


 彼女は、ただ無垢に、姉を愛し続けるのだ。

 こうして、エルヴェルム公爵家は、私の変化に合わせて動き始めた。

 原作には存在しなかった家族ルートの始まりだった。


(こんなシナリオなかったよね)

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