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第19話 番外編 ガルドとアレクシスの無自覚バトル
午後、私は学園の中庭でミレイユと談笑していた。
春の柔らかな日差しが二人を包み、穏やかな時間が流れている。花壇のバラが風に揺れ、鳥のさえずりが聞こえてくる。
まさに平和な午後というべき光景だった。
それは、ほんの数秒で崩壊する。
「リリアナ、少し話がある」
王太子アレクシスが中庭へ入ってきた。
同時刻に、
「リリアナ様、本日の護衛計画についてご説明を」
近衛騎士団長ガルドも現れた。二人が同時に現れたのは偶然じゃない。
私は一瞬で悟った。
(あ、これ面倒になる)
しかし、当の二人は気づいていない。自分たちが同じタイミングで来たことすら。
「ガルド。リリアナは今、私と話すところだ」
アレクシスが静かに言った。王太子の威厳が言葉に込められている。
「いえ、殿下。リリアナ様の安全確保は最優先事項です」
ガルドは敬礼の形で返答した。声には譲歩の色がない。
「安全確保なら、私がいるだろう」
「殿下は護衛ではありません」
その言葉で、アレクシスの眉がぴくりと動いた。
(なんで言い合いになっている?)
「何か言ったか?」
「いえ。護衛ではないと申し上げました」
ガルドは凛とした表情のまま、にこりともせずに言い切った。
(やばい、二人のバトル始まった)
私はそっとミレイユの後ろに隠れた。
ミレイユも、何か面倒なことが起きていると感じ取り、身体を硬くした。
「リリアナ、こちらへ。日差しが強い。私の影に入るといい」
アレクシスが優雅に手を差し出したのにガルドも対抗する。
「リリアナ様、こちらへ。風が強いので、俺が盾になります」
ガルドが同時に動いた。
(護衛は二人も要らないよ)
「ガルド。君は影にも盾にもなりたがるな」
アレクシスの言葉には、明らかな不満が含まれている。
「殿下こそ、リリアナ様を日差しから守るなど、騎士の役目を奪わないでいただきたい」
「私は婚約者だ」
アレクシスの優位性を主張するものだった。
「俺にとっては命の恩人です」
だが、ガルドはそれを上回る絆を主張する。
周囲の空気がピキピキと割れた。
(どっちでもいいから落ち着いて!)
私は心の中で土下座した。
ミレイユが慌てて椅子を持ってくる。何かが起きているのを感じ取り、仲裁のつもりだったのだろう。
「リリアナ様、どうぞ!」
その瞬間、二人の男は同時に動いた。
「リリアナ、こちらの椅子に座るといい。クッションが柔らかい」
アレクシスが、より快適な椅子を指差した。
「リリアナ様、こちらの椅子は背もたれが高く、姿勢が安定します」
ガルドが、より実用的な椅子を提案した。
「ガルド。君の椅子は固そうだな」
「殿下の椅子は柔らかすぎて沈みます」
「沈む方が楽だ」
「姿勢が悪くなります」
「むむ!」
「うう!」
二人は互いを見つめ、視線には明らかな競争心がある。
(椅子で争わないで!!)
私は心の中で叫んだ。この状況はどう見ても異常だ。王太子と騎士団長の争いなど。
本来のヒロイン役ミレイユが勇気を出して口を開く。
「あ、あのリリアナ様は、どちらの椅子でも大丈夫だと思います」
彼女の声は小さく、震えていて、その言葉で二人は同時に振り返った。
「ミレイユ嬢」
「ミレイユ嬢」
二人の声が完全に重なった。
「リリアナの好みをどちらでもいいで済ませるのは軽率だ」
アレクシスの言葉には、教育的な意図が込められていた。
「リリアナ様の安全をどちらでもいいで判断するのは危険です」
ガルドの言葉には、実務的な懸念が込められていた。
「はい」
ミレイユは震えた。
二人に同時に注視されるという状況は、平民出身の彼女にとって、精神的なダメージが大きい。
(ごめんなさいミレイユ)
私はそっとミレイユの肩を抱いた。
(私のせいで巻き込まれからね)
私が立ち上がると、二人は同時に動いた。
「リリアナ、こちらへ」
「リリアナ様、こちらへ」
そして、例のように。
「私の横を歩くといい」
「俺の後ろを歩くと安全です」
「なぜ後ろだ」
「殿下の横は危険です」
「危険とは何か。説明しろ」
「殿下は、歩幅が大きいので」
アレクシスは眉をひそめた。
「歩幅が大きいと、何か問題があるのか?」
「リリアナ様が付いていくのに、歩幅を合わせるのが困難になります」
「なるほど。では、ガルド。君は歩幅を小さくしているのか?」
「はい。リリアナ様の歩きやすさを優先しています」
(歩幅で喧嘩しないでよね!!)
私は本気で泣きそうだった。
この二人は本当に、歩く速度について議論している。
ミレイユはそっと胸を押さえた。
二人とも、私のことがすごくすごく気になっているとわかり、彼女の瞳が優しく揺れた。
「好きなんですね」
ミレイユは呟いた。当の本人たちは気づいていない。自分たちが私を巡って張り合っているという事実に。
「ええとわたくし、今日は帰りますわ」
私はそっと言った。精神的な限界が来ていた。
(長くは聞いてられないです)
「送ろう」
アレクシスが即座に言った。
「護衛します」
ガルドも同時に言った。
二人は互いを睨んだ。
(もう無理!)
私はミレイユの手を強く握り、逃げるようにその場を離れた。
ミレイユは、手の力で、自分が助け出される側になったことを理解した。
◆
中庭に残されたのは、アレクシスとガルドだけだ。
二人は無言で、しばらく立ち尽くした。
そして、
「ガルド」
「殿下」
「君はリリアナに対して過保護すぎる」
「殿下こそ、距離が近すぎます」
「私は婚約者だ」
「俺は命の恩人です」
再び火花が散った。今度は誰もそれを見ていない場で続くのだった。
アレクシスとガルドはまだ気づいていない。
自分たちがリリアナを巡って張り合っているという事実に。
もしくは、気づいていても、言葉にするつもりがないのか。
こうして無自覚バトルは今日も元気に続くのだった。




