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第17話 ライバル令嬢クラウディアの空回り
学園の大広間。
毎週木曜日に開かれる貴族令嬢のお茶会。王宮貴族の家系に属する少女たちが集まり、社交スキルを磨く場所だ。
ドレスを着こなし、優雅な作法で紅茶を飲み、洗練された会話をする。それが良き令嬢の在り方だとされている。
(はぁこういう場、苦手なんだよね。前のリリアナの悪評が残ってるから、何をしても注目されるし)
私はできるだけ目立たないように、大広間の壁際の席に座って静かに紅茶を飲んでいた。
窓からは、春の日差しが差し込み、金色の光が紅茶を照らしていた。このまま、誰にも話しかけられずに時間が過ぎることを祈っていた。
そんな願いは無常にも破られた。
「まあ、ごきげんよう、リリアナ様ぁ?」
聞き慣れた、鼻にかかった声が近づいてくる。この声は。
(来たクラウディア・ベルンシュタイン)
ゲーム内では噛ませ犬ライバル令嬢として有名なキャラクターだ。プライドが高く、周囲への見栄っ張りで、リリアナに対抗心を燃やしている。
原作では、リリアナと対立するが、最終的には自分の株を下げるだけで終わる。そういう役割のキャラなのだ。
今日も完璧に巻かれたブロンド髪。贅沢で淡いピンク色のドレス。首には上質な真珠のネックレス。自信満々に、私の前へ立ちはだかった。
「最近のリリアナ様はずいぶんとお優しいと噂ですわね」
クラウディアの声には、明らかな嫌味が込められていた。
(うわ、嫌味がすごい)
私は心の中で ため息をしながら、表面上は微笑んで返した。
「そうかしら。ただ、周囲にご迷惑をかけないようにしているだけですわ」
「まあ! ご迷惑をかけないようにですって。以前のリリアナ様からは考えられませんわねぇ」
クラウディアの眼差しは、まさにこれでリリアナが怒るはずという期待に満ちていた。
その期待は、裏切られることになる。
「それにミレイユ嬢と仲良くしているとか。庶民上がりの子と」
その言葉で、周囲の令嬢たちがざわついた。
「クラウディア様、それは言いすぎでは?」
「そんなこと、言うべきではありませんわ」
しかしクラウディアは、周囲の反応に気づかない。あるいは、気づいていても無視しているのだ。
「まあ、リリアナ様が庶民と仲良くされるなんて、わたくし、驚きましたわぁ」
その言葉は、明らかに誤りだ。ミレイユは奨学生であり庶民出身だが、彼女の家族は魔法使いの家系だ。単なる庶民ではない。
(関わりたくない。完全にそういう気分)
私は紅茶を一口飲み、静かに席を立った。
「クラウディア様。わたくし、これから用事がございますので失礼いたしますわ」
「えっ?」
クラウディアが固まった。彼女は、リリアナが怒鳴り返すか、嘲笑するか、そういう反応を期待していたのだ。
私がしたのは淡々とした身の引き方だった。
私はそのまま、クラウディアの横をすり抜けて、大広間から出ていった。
(挑発に乗ったら負け。破滅フラグ回避のためにも、関わらないのが一番)
それは、単なる処世術だった。最小限の火種を作らない、という戦略。
しかし後ろで、令嬢たちのささやきが聞こえてくる。
「リリアナ様、素敵」
「挑発に乗らないなんて、大人だわ」
「よほど心に余裕がおありなのね」
「クラウディア様の方が幼稚に見える」
(えっ、なんで?)
思わず振り返りそうになったが、こらえた。
私はただ関わりたくなかっただけなのに、なぜか余裕のある大人という評価になっている。
一方、クラウディアは。
「ちょ、ちょっと、リリアナ様、逃げるなんて卑怯ですわ!!」
大声を出して、後を追ってきた。
(逃げてないよ。単に関わりたくないだけだよ)
逃げるの叫びは逆効果だった。周囲の令嬢たちの眼差しが、さらに冷たくなったのだ。
「クラウディア様。大声は下品ですわ」
「リリアナ様の方がよほど淑女らしいです」
「上品さの差がすごいわね」
「ええっ!」
クラウディアの顔が真っ赤になった。
クラウディアは必死に取りつくろおうとした。
「わ、わたくしはただリリアナ様とお話したかっただけで!」
その弁明も、逆効果だった。
「そうは見えませんでしたわ」
「むしろ、挑発しているようにしか見えません」
「そういう物言いは、避けた方が良いと思います」
「ち、違いますの!!」
クラウディアは涙目になりながら、私の後を追ってきた。
「リリアナ様ぁ!! わたくし、まだ話が終わっていませんの!!」
廊下での追跡劇になってしまった。
「申し訳ありませんわ、本当に急ぎの用事がございますの」
私は歩速を上げた。
「そ、そんな! リリアナ様、聞いてくださいまし!!」
「ごめんなさい」
(おいおい、まだ来るのか)
その一言で、私は角を曲がった。
(なんか、かわいそうになってきた)
クラウディアは悪意のある人間ではない。ただ、プライドが高く、対抗心が強く、結果として自分で自分の株を下げているだけだ。
でも、関わると面倒なことになるので、私はそっと距離を取った。
◆
(原作でもクラウディアは、リリアナに対抗心を燃やして空回りして結果的に自分の株を下げる役だったな)
確か、原作では、クラウディアはリリアナへの嫌がらせを何度も試みた。そのたびに失敗し、かえって周囲からの好感度を下げていった。
ゲーム内では、完全に負け犬ライバルとして描かれていたのだ。
今のクラウディアは、悪役令嬢リリアナが優しくなったことで、余計に焦っているのだろう。
本来なら、自分が優しい令嬢として際立つはずだったのに、そのポジションをリリアナに奪われてしまった。
(まあ嫌いじゃないけどね、こういう子)
私は小さくため息をついた。
◆
その日の午後。
私が図書室へ向かう廊下で、令嬢たちがひそひそ話しているのが聞こえた。
「リリアナ様、クラウディア様の挑発を華麗にスルーしたらしいわよ」
「大人の余裕って感じ素敵」
「クラウディア様、ちょっと必死すぎるわよね」
「同感です。リリアナ様の品格に比べると、クラウディア様はまるで子どものよう」
(いや、私はただ関わりたくなかっただけだよ)
しかし、誰も信じてくれない。あるいは、聞く耳を持たないのだ。
こうしてまた一つ、リリアナの好感度が上がり、クラウディアの株が下がったのだった。
その過程で、主人公のリリアナがしたのは、何ら積極的な行動ではない。ただ関わらなかっただけだ。
(原作ルート、完全に崩壊してるよね)
私はそっと頭を抱えた。
断罪イベントの日が来る時までに、破滅シナリオのルートを変更させるのが私の目的。
悪役令嬢からのルート変更ができるのかが勝負になる。
その時、クラウディアはどう動くのか。王太子は? ガルドは? ミレイユは? セレスは?
全ての要素が、予測不可能な形で絡み合っている。
そして、その中心にいるのが、私だ。
破滅フラグを回避しようとして、別のフラグを立てまくってしまった。
今、私の周囲には、複数の期待と好感度が存在している。
それらが断罪の日、どう動くか。
誰にも分からない。
ただ、運命の歯車は、確実に局面へ向かっているのだ。
そして、ライバル令嬢クラウディアは、渦中で、空回りを続けるのだろう。




