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第16話 番外編 セレス
最近、王宮で妙な噂を耳にする。
「リリアナ様が優しくなった」
「侍女を泣かせなくなった」
「ガルド団長を助けたらしい」
「ミレイユ嬢と仲良くしている」
宮廷魔導士セレス・アルカディアは、それらの情報を整理しながら、自分の部屋で本を開いていた。
笑わせる。
あの氷の公爵令嬢が、優しく?
そんなわけないだろうとつぶやく。
リリアナ・フォン・エルヴェルム。
冷酷で傲慢。他者を見下すことに慣れきった悪役令嬢。王宮中で最も嫌われ者として知られている存在だ。
原作のシナリオを知るセレスであれば、彼女の本質は変わりようがない。悪役令嬢として設定された人間が、突然優しくなるなど、有り得ない話なのだ。
だが噂がここまで広がるのは珍しかった。
噂というのは、根拠のないものなら広がりにくい。それが王宮中を駆け巡るということは、相応の証拠が存在するということだ。
そしてセレスは、その証拠が本当なのか、それとも巧妙な演技なのか、知りたいという欲望に駆られていた。
「観察してみるか」
セレスは本を閉じた。
新しい興味の対象を発見したのだ。
◆
数日後。図書室の窓際。
リリアナが本を読んでいた。その横には、近衛騎士団長ガルド。
彼は過剰なほどの護衛態勢を敷いていた。リリアナが階段を上るとき、ガルドは先に安全を確認する。本を取るとき、ガルドが支える。
「なるほど。ガルドがここまで懐くとはね」
セレスは本棚の陰から、二人を観察していた。
ガルド・ヴァルハルトは実直で、嘘が嫌いな男だ。それは、セレスも知っている。そんな彼がリリアナに忠誠を誓ったという報告を受けたときは、さすがのセレスも眉をひそめた。
「つまり、リリアナはガルドが信じるだけの何かを見せたわけだ」
その何かが気になる。
セレスは静かに窓際に近づき、さりげなく声をかけた。
「やあ、リリアナ嬢。今日も騎士団長を従えているのかい?」
リリアナは本を閉じ、セレスを見た。
「従えているわけではありませんわ」
彼女は困ったように微笑む。
「ほう?」
以前のリリアナなら、セレスのような下級の魔導士に対して、当然ですわと鼻で笑ったはずだ。
この返答は妙だ。
謙虚さが感じられる。いや、正確に言えば謙虚に見える演技だとセレスは感じた。
この変化は本物か、それとも演技か?
セレスの目が、細くなった。
◆
「君、最近ずいぶんと変わったらしいね」
セレスは椅子に座り、リリアナを見つめた。
「ええまあ」
曖昧な返事。視線が泳いでいる。
嘘だと思ったのは、セレスは人の嘘を見抜くのが得意だから。魔導士として、表情や魔力の揺らぎを読む訓練を積んでいるからだ。何度も何度も。
彼女は何かを隠している。それは確実だ。
悪意は感じない。むしろ必死さがある。
なぜ必死なのかとセレスは首を傾げた。
「君は何かを隠している。悪意は感じない。つ
まり」
セレスは本を開いた。
「君は何かから逃げるために、別人になろうとしている」
リリアナの瞳がわずかに揺れた。
面白いと感じるセレスの好奇心は、さらに高まった。
◆
「ところで、ガルド団長の件。あれはわざと?」
セレスは直球で聞いた。
「わざとではありませんわ! わたくしはただ巻き込まれたくなかっただけで」
リリアナは思わず本音を言ってしまった。
巻き込まれたくなかったと聞いてセレスは唸った。
普通の令嬢なら、馬車が暴走してきたら悲鳴を上げて固まる。恐怖に支配されて、逃げることすら難しい。
リリアナは違う。自分の身を守るために、咄嗟にガルドを引き倒した。
反射的に最適解を選ぶこれは、訓練を受けた人間の動きだろうとセレスは確信した。
「君は自分を守るために他者を救うタイプだ」
そしてその行動が、結果的に周囲の評価を上げている見事な連鎖だろう。セレスの深読みは続く。
「つまり、君の行動はすべて保身から始まる。その過程で他者に益をもたらす。その矛盾が」
セレスは笑った。
「本当に面白いんだ」
◆
階段でミレイユを助けた件も、セレスは観察していた。
あのヒロイン気質の少女を助けるとは君はどこまで計算しているのか。
ミレイユは純粋で、人の善意を疑わない少女だ。そんな子に優しくすれば、当然懐かれる。
セレスはその光景から、リリアナの計算を読み取った。
「ミレイユの信頼を得ることに意味があるのか?」
セレスは一人で呟いた。
「その一方で、ガルドの忠誠を確保し、王太子の誤解を利用する。使用人たちには信用を回復さた」
セレスは指を折りながら数えた。
「全部が、君の計画の一部なんだろう?」
本当は、すべてが偶然であり、反射的な行動であり、保身なのだが、セレスは違う解釈をしていた。
本当に面白い人だと。
◆
「リリアナ嬢。君は本当の顔を隠しているね?」
図書室で、セレスはリリアナに直接聞いた。
リリアナは固まった。
ぎゃああああああああリリアナは内心叫んでいた。
彼女の内心の叫びを、セレスは感じ取った。
図星かと微かに。
「だから安心して。僕はそういう人、嫌いじゃない」
「え、どういう意味?」
「君の裏を暴くつもりはない。むしろ」
セレスは本を閉じた。
「面白いから、協力してあげるよ」
リリアナは困惑していたが、それもまた面白かった。




