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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第15話 番外編 アレクシス視点


 王宮の執務室。机の上には、山のような書類が積み重ねられていた。

 国境警備の報告。領地の産出量調査。外交使節団の予定。

 アレクシス・ルーヴェンは、これらの報告書に目を通していた、はずだった。


「……にて確認されたため、今月中に警備体制を」


 副官の声が聞こえているのに、内容が頭に入らない。集中できない。

 視線が文字を追っていても、意味が理解できない。それは、アレクシスにとって極めて珍しい状況だった。

 原因は分かっている。リリアナとミレイユ嬢だった。最近、二人が一緒にいる姿を見る。

 階段での事故以来、ミレイユはリリアナになつき、リリアナもそれを拒まない。むしろ、積極的に関わっているように見える。

 その光景がなぜか胸に引っかかっていた。


「殿下。確認でございますが」


「すまない。もう一度」


 副官が眉をひそめた。王太子が集中を欠くなど、珍しいことだ。

 これは何だ?

 アレクシスは自分の感情を整理しようとした。しかし、その努力はすぐに頓挫した。


 その夜、ガルドが報告に訪れた。


「殿下。本日のリリアナ様は、ミレイユ嬢と図書室に」


「そうか」


 アレクシスは淡々と返したが、内心はざわついていた。

 また一緒かと思う。

 ガルドは続けた。彼の声には、リリアナへの好感が満ちている。


「ミレイユ嬢が本を落としそうになった際、リリアナ様が支えておられました。まるで姉妹のように」


「支えた?」


 アレクシスの瞳がわずかに揺れた。姉妹のようにの言葉が、胸をチクリと痛めた。


「はい。二人の関係は、本当に麗しいものです。ミレイユ嬢は、先日もリリアナ様は、わたしの憧れですとおっしゃっていました」


「そうか」


 アレクシスは、書類に視線を戻そうとしたもののガルドの言葉は続く。


「殿下。リリアナ様の変化は、本当に素晴らしいものです。冷酷さから、これほどまでに優しい人へ」


「ガルド」


 アレクシスが静かに言った。


「それで良い。下がってくれ」


 ガルドは一礼して退出した。アレクシスの胸のざわつきは、決して消えなかった。


「リリアナ」


 彼女の名前を呟く。

 その直後、アレクシスは思わず握っていた書類を机に置いた。手が、わずかに震えていた。


 翌日の昼間。

 アレクシスは学園を訪れた。

 公式には学園の運営状況確認という名目だったが、実際の目的は別のところにあった。


「確認しよう」


 理由は分からない。ただ、胸のざわつきを抑えるために、彼は足を動かしていた。

 向かった先は、学園の中庭。

 バラが咲く庭園。そこに、二人の姿があった。


「リリアナ様、ここの花、とても綺麗ですね!」


「ええ。ミレイユ嬢の方が綺麗ですわ」


「そ、そんな!」


 笑い合う二人の姿。

 ミレイユは嬉しそうに頬を染め、リリアナは柔らかく微笑んでいる。

 楽しそうだなと感じ、アレクシスは思わず足を止めた。

 リリアナの笑顔は、彼が以前見たことのない柔らかさを持っていた。それは、アレクシスの前では決して見せない顔だ。

 あの笑顔は胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 それは痛みに近い感覚だった。


 アレクシスは中庭の陰から、二人を見つめていた。

 私は何をしていると思ったのは、王太子が婚約者の様子をこっそり見ている。それは、王族にあるまじき行動だ。滑稽であり、同時に危険でもある。

 足が動かない。

 リリアナは、あんな表情をするのか。

 アレクシスは、リリアナの笑顔に見入っていた。

 以前の彼女は、冷たく傲慢で、近寄りがたかった。王太子の前ではなおさらだ。高圧的で、不愉快な笑顔しか見せなかった。

 今は違った。


「リリアナ様、お身体は大丈夫ですか?」


「ええ。ミレイユ嬢こそ、転ばないようにね」


「はい!」


 その優しさ。その思慮深さ。優しさの変化が、アレクシスの心を乱していた。

 彼は理解できない。

 なぜ、リリアナはミレイユの前では、こんなに違う顔を見せるのか。

 そして、なぜ彼は、それが気になるのか。


「リリアナ様って、本当に素敵な方ですよね!」


 ミレイユの声が、中庭に響く。


「そ、そうかしら?」


「はい! わたし、リリアナ様みたいになりたいんです!」


 アレクシスの胸が、また痛んだ。

 それは、鋭い痛みだ。

 ミレイユ嬢、君は悪くない。悪くないが、なぜか、その言葉が気に入らなかった。

 リリアナはそんなに簡単に誰かのものになっていい存在ではない。

 自分でも驚くほど、独占欲に近い感情が湧き上がる。

 それが何という感情なのか、アレクシスはまだ気づいていない。

 確実に心の中に存在していた。


「リリアナ様、教えてください。どうしたら、あなたみたいに誰かのために」


「あ、あのミレイユ嬢。それは」


 リリアナが答えかけた時。アレクシスは決断を下した。


「リリアナ」


 気づけば、アレクシスは二人に近づいていた。


「ア、アレクシス殿下!」


 リリアナが驚いた顔をする。ミレイユは慌てて頭を下げた。


「ほ、本日はごきげんよう、殿下!」


「うむ」


 アレクシスはリリアナを見つめた。


「二人で散歩か?」


「はい!リリアナ様が、わたしに色々教えてくださって!」


「そうか」


 アレクシスはリリアナを見つめる。


「君は随分と、ミレイユ嬢と仲が良いようだな」


「え、ええまあ」


 リリアナは困ったように微笑む。

 その笑顔は、美しいし優しい。確実にアレクシス自身に向けられたものではない。

 その笑顔をなぜ私は見ていなかったと、胸の奥がざわつく。


「ミレイユ嬢」


「は、はいっ!」


「リリアナと仲良くするのは構わないがあまり独占しないように」


「えっ?」


「えっ?」


 二人が同時に固まった。

 あれ? アレクシスは自分の言葉に気づき、わずかに眉をひそめた。

 理性は、自分が何を言ったのか理解していた。心は違う。心は、その言葉を支持していた。


「リリアナは忙しい身だ。あまり時間を取らせるのは良くない」


 いや。違う。そうじゃない。私は何を言っていると混乱している。

 口は止まらない。理性と感情の二つが、アレクシスの中で衝突している。

 ミレイユは慌てて首を振った。


「も、もちろんです! リリアナ様のご迷惑には!」


「迷惑なんて」


 リリアナが小声で呟く。


「え?」


「いいえ、何でもございません」


 迷惑ではないのかと、アレクシスの胸が、またざわついた。

 彼女は、自分の前では迷惑そうな顔をするのに。なぜ、ミレイユの前では違うのか。


 その夜、アレクシスは執務室で、窓から夜空を眺めていた。

 月が照らす王宮。その中で、一人の少女のことを考えていた。


「私は、何をこんなに気にしている?」


 答えは出ない。


「リリアナ。君が誰と笑うかなぜ私は、こんなにも気になる?」


 その問いだけが、胸の奥に残った。

 アレクシスはまだ知らない。それが嫉妬という感情であることを。

 嫉妬は、やがて彼の判断を狂わせることを。

 断罪イベントで、どう動くか。

 それは、このざわつきによって決まるのだろう。

 王太子は、自分の感情の奴隷になることを、まだ知らない。

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