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第13話 本来のヒロイン・ミレイユとの遭遇
王宮での用事を終え、私は学園へ向かう馬車に揺られていた。
窓からは、王宮を離れていく風景が見える。宮殿の塔が段々と小さくなり、やがて学園の白い建物が視界に入ってくる。
その間ずっと、私の頭は混乱していた。
(はぁアレクシス殿下の誤解は深まるし、ガルドさんの過剰護衛は止まらないし次はセレス様まで裏があるって決めつけてくるし)
破滅フラグ回避のために低姿勢で丁寧に生きているだけなのに、なぜか周囲の好感度が爆上がりしている。
王太子からは好意を持たれ。ガルド騎士団長からは忠誠を誓われ。セレス魔導士からは協力すると言われた。使用人たちからは信頼され始め。
そして、ミレイユ・フローレンス、本来のヒロインとはまだ出会っていない。
(お願いだから、原作ルートに戻って! 私は静かに生きたいだけなのにと、つい思いたくもなる)
深いため息をついた私を乗せた馬車は、やがて学園の門をくぐった。
◆
学園の廊下を歩きながら、私は気を付けていた。
原作では、様々なイベントが用意されていた。リリアナがヒロインをおとしめるイベント。リリアナが周囲に嫌われるイベント。そして、リリアナが断罪される導入となるイベント。
(危ないイベントには近づかない。これが鉄則だ)
そう決めていたのだが
カタンッ!
突然、階段の上から教科書が落ちてきた。
続いて、少女の悲鳴が聞こえる。
「きゃっ!」
その声と同時に、私の体は反射的に動いていた。
(あ、これ原作で見たやつ!)
乙女ゲーム『エターナル・ロマンス』の序盤。ヒロイン・ミレイユが階段で転んでしまうイベント。
その後、悪役令嬢リリアナが彼女を見下し、冷たく笑う。その行動によって、ミレイユと他の生徒たちから嫌悪される。
そしてリリアナの悪評がさらに悪化し、最終的な断罪ルートが加速する。
つまり、このイベントは絶対に避けるべき危険な場面なのだ。
(やばい! このイベント、絶対に避けないと!!)
反射的に階段から距離を取ろうとした。
「わ、わあああああっ!!」
その時には既に遅かった。
階段の上から転がり落ちてきた少女が、勢いよく私の方へ飛んできたのだ。
(ちょ、避け〜〜)
避けようとして、体を動かした。その瞬間、足がもつれた。
ドサッ。
私は、少女を抱きとめる形で倒れ込んでしまったのだ。
(えっと?)
◆
「す、すみませんっ、わたし、足を滑らせて!」
私の腕の中で、少女が涙目で顔を上げた。
栗色の髪。柔らかな瞳。素朴で可愛らしい雰囲気。そして、ゲーム内での描写そのままの容姿。
ミレイユ・フローレンス。
『エターナル・ロマンス』のメインヒロイン。 王宮の魔法使い・フローレンス伯爵の娘。平民出身ながらも、才能と優しさで、攻略対象の全員から愛される人物。
(ミレイユ・フローレンス! 原作ヒロイン!!)
私は慌てて体を起こした。
ミレイユを落とさないよう気を付けながら、丁寧に彼女を助け起こす。
「だ、大丈夫ですの? 怪我は?」
「は、はい!」
ミレイユは私の手をつかみながら、よろよろと立ち上がった。
その目は、私の顔を見つめている。
そして瞳に映るのは。
「あのリリアナ様が助けてくださったんですか?」
驚きと、感謝。そして、何かの感動か。
(いや、違う。避けようとして転んだだけ)
真実を言い出したかった。言葉は喉に詰まった。
「リリアナ様! ありがとうございます!」
なぜなら、ミレイユの瞳がキラキラと輝いていたからだ。
(やめてぇぇぇ!! そんな純粋な目で見ないで!!)
心の中で叫びながら、複雑な気持ちで、あいまいに微笑むしかなかった。
◆
ミレイユは、私から目を離さない。
「わたくしはその巻き込まれたくなかっただけでして」
正直に言い始めた時、ミレイユはそれを別の意味に解釈した。
「巻き込まれたくなかったから、わたしを抱きとめてくださったんですね!」
(なんでそうなるの?)
ミレイユは両手で私の手を握りしめた。力は強く、そして温かい。
「リリアナ様は本当はとても優しい方なんですね!」
(違う違う違う!!)
否定したい。全力で否定したい。
でも、この少女の純粋な瞳を見ていると、どうしても真実を言えなくなる。
もし本当のことを言ったら、彼女はどうなるか。失望するか。それとも、崩れ落ちるか。
その可能性を考えると、私は言葉を失った。
「ええ」
曖昧な返答をするしかなかった。
そして、それがミレイユには肯定に聞こえたのだろう。
「わたし、ずっと、あなたのことを」
ミレイユは言葉を続けた。
「氷の公爵令嬢だと思っていました。冷たい人だと。怖い人だと。でも」
涙が流れ落ちる。
「今日のあなたを見て、分かりました。リリアナ様はとても優しい人だったんです」
(いや、やめて。そんな風に見ないで)
心の奥底でそう叫んでいても、表面上は優しく微笑むしかない。
それが、今の私の立場なのだ。
◆
そこへ、階段の側にいた他の生徒たちが、驚きの声を上げながら集まってきた。
「見た! リリアナ様がミレイユを助けたのよ!」
「氷の公爵令嬢が?」
「最近、優しいって噂は本当だったのね!」
(いや、違うんだってば!!)
私は心の中で全力のツッコミを入れた。
(原作だと、ここでリリアナが冷たく笑って、ミレイユの好感度が下がるイベントだったのに完全に逆になってる!)
生徒たちの会話は、どんどん広がっていく。
リリアナが変わった。リリアナは優しい。リリアナは、本当は良い子だったんだ。
そういった解釈が、次々と広がっていく。
その中心にいるのが、ミレイユだ。
「リリアナ様」
彼女は私の手をずっと握りしめていた。
「わたし、ずっと、あなたのことを怖いと思っていました」
「ミレイユ」
彼女の名前を呼んだ時、ミレイユの瞳が一層輝いた。
「わたし、あなたのこと、もっと知りたいです。本当のあなたを」
(本当の私? この転生者の私? 生き延びたいだけの私?)
そんなことは絶対に言えないからキツい。
「わたし、今まであなたに辛くあたってしまったのかもしれません。誤解していたせいで」
ミレイユは申し訳なさそうに下を向いた。
「だからこれからは、あなたのことを知りたいんです」
◆
ミレイユはよく私に話しかけるようになった。
授業の合間に。食堂で。図書室で。
彼女はリリアナ様と敬語を使いながらも、明らかに距離を縮めようとしていた。
「リリアナ様は、どうしてそんなに優しいんですか?」
「……」
(正直に答えたら、多分ショックを受けると思う)
「リリアナ様は、昔からそんなに優しかったんですか?」
「えっと」
(いや、むしろ逆で、かなり酷かった)
ミレイユの質問に対して、私は曖昧な返答をすることしかできない。
その曖昧さが、彼女にとっては謙虚さに見えるらしい。
「リリアナ様みたいになりたいです」
ミレイユはそう言った。
「え?」
「優しくて。強くて。自分の信念を持ってる。わたしも、そういう人になりたいです」
(あああああああ! この子、完全に誤解してる)
誤解を解くことは、もはや不可能だった。
ミレイユの視線は、私の方へ一層強く向かっている。
王太子の視線。ガルドの忠誠。セレスの観察。使用人たちの信頼。
そして今、ヒロインの憧憬が加わったのだ。
(原作ルートが完全に崩壊した音が聞こえる)
私はそっと頭を抱えた。
あと、少ない日で断罪イベントが来る。
その時、ミレイユはどう動くか。王太子は?ガルドは?
全ての要素が、予測不可能な形で絡み合っている。
そして中心にいるのが、私だ。
破滅フラグを回避しようとして、別のフラグを立てまくってしまった。
今、私の周囲には、複数の期待が存在している。
それらが今後、どう動くか。
誰にも分からない。
ただ、運命の歯車は、確実に最終局面へ向かっているのだ。




