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第12話 王太子アレクシス後編
面会を終えたあとも、アレクシスはリリアナのことを考えていた。
室に戻っても、書類に目が通らない。
あの態度あの言葉のすべてが、以前のリリアナとは違っていた。
なぜだろうか。
その違いが、本当に心からの変化なのか。それとも、別の理由があるのか。
アレクシスは複雑な感情に揺さぶられていた。
数日後、彼は情報を集めることにした。
使用人たちの話。ガルド騎士団長の報告。セレス魔導士と会ったとも。
すべてが、同じ方向を指していた。
「本当に変わったのか」
使用人への態度が変わった。侍女を泣かせなくなった。むしろ励ましているという噂まである。学園の同級生たちとの関係も、改善されているらしい。
本当に変わったのかと、アレクシスは、自分でも驚くほど彼女のことが気になっていた。
王太子としての冷静さを失うわけではないが、個人的な興味は、確実に深まっていた。
変化の理由を探る必要があると考える。
それは、王太子としての義務であり同時に、個人的な興味でもあった。
◆
近衛騎士団長ガルドがアレクシスの執務室に現れた。
「殿下。お時間をいただきたい」
彼は真面目な表情で、以下のように報告した。
「リリアナ様は命を救ってくださったのです」
アレクシスは思わず目を瞬いた。
「リリアナが?」
「はい。馬車の暴走から俺を。彼女は自分の身を顧みず、俺を引き倒してくださいました。助かりました」
ガルドは、その時の情景を詳しく説明した。
馬車の急襲。自分が気づかず、その進路上にいたこと。そしてリリアナが、咄嗟に自分を引き倒し、危険から救ってくれたこと。
あのリリアナが、ガルドを?
アレクシスは内心で驚いた。
ガルドは、リリアナに対して最も警戒心を持つ人物の一人だ。平民出身の部下を見下すリリアナの態度を、嫌悪していたはずだ。
そのガルドが、今、リリアナのために命を救われたと言っている。
「本当か」
「はい。疑いようもありません」
ガルドは誇張するタイプではない。むしろ、必要最低限しか話さない男だ。
そのガルドが、目を輝かせながら語っている。
「リリアナ様の行動は、純粋な慈悲だと思います。彼女は、自分の身を守るために、他者を救った。その行動こそが、真の優しさです」
アレクシスは、言葉に思わず引っかかった。
「自分の身を守るために他者を救った?」
ガルドの言葉は、少し奇妙だった。違和感は、すぐに別の思考に覆い隠されてしまった。
本当に、何があったのかと、アレクシスの興味は、さらに深まった。
◆
その夜、アレクシスはセレスに会った。
「君はどう思う。リリアナの変化について」
「ふぅん。興味があるんだ、王太子殿下も」
セレスは本を片手に、楽しそうに微笑んだ。
「リリアナは変わった。ただし、その理由は不明。だが、変化は本物だ」
「理由は不明、か」
「リリアナの瞳には、絶望と希望が同時に存在している。それは、何かから逃げるために、必死で別人になろうとしている者の瞳だ」
セレスの言葉は、鋭かった。
「ただし、その別人になろうという努力そのものが、本物なのだ。リリアナは、ただ単に嘘をついているのではなく、本当に変わろうとしている。それが見える」
「そうか」
アレクシスは、セレスの言葉を深く受け止めた。
リリアナは、何かから逃げているのか。
逃げ方は、本気の変化を伴っていると思っていた。
◆
夜、執務室で一人になったアレクシスは、窓の外を眺めながら静かに呟いた。
「リリアナ君は何を考えている?」
変化の理由は分からない。確かなのは君は以前より、ずっと魅力的という事実だった。
冷酷で傲慢なリリアナも、確かに令嬢としての美しさはあった。
今のリリアナの方が、ずっと魅力的に見える。
必死で何かを守ろうとする瞳。誰かのために、自分の心を変えようとする努力。
その奥に隠された秘密。
「君の秘密は何だ?」
アレクシスは、彼女の真実を知りたいという欲求に駆られていた。
同時にもう一度、話したい、そう思ったとき、アレクシスは気づいた。
「私は君に興味を持っている」
それは、王太子としてではなく一人の男としての感情だった。
アレクシスは自分の胸に芽生えた感情を、確認した。
それは、恋と呼べるものなのか。
まだ、アレクシスは確信を持っていない。
「確かなのは君が分からないということだ」
リリアナは、予測不可能だ。
計算高い行動をしているようでいて、その奥には純粋な本能を感じる。
自分を守ろうとしているようでいて、同時に他者のために動いている。
その矛盾が、王太子の心を揺さぶった。
◆
次に会った時、アレクシスはリリアナに言った。
「リリアナ。私は君を信じる」
今の言葉は、王太子としてではなく、一人の男として。
「君の考えを、もっと知りたい」
アレクシスは気づかない。
リリアナが破滅フラグ回避のために、必死で低姿勢を貫いていることを。
リリアナの行動がすべて保身であることを。実は生き延びたいという本能だけで動いていることを。
アレクシスは、リリアナの変化をすべて誠実さと受け取った。
まるで心から改心し、自分のために変わろうとしているかのように。
実際には、すべてが保身、計算、必死の努力なのに。
「君は本当に、面白い」
アレクシスは、静かに興味を深めていく。恋という感情が、確実に膨らんでいくのを感じながら。
王太子は、ただ、令嬢に心を奪われていくのだった。




