二十七話 瞳
それから約二週間、夜会に慣れていない私と旦那様は屋敷のみんなの手を借りながら、なんとか準備を進めて……ついに当日を迎えることができた。
「奥様、ドレスが届きましたよ!」
スーザンが嬉しそうに部屋に入ってくるなり、そう教えてくれた。私はスーザンに連れられて、衣装係が待つ衣裳部屋へ早足で向かう。
そして部屋の中には……真ん中に、白い布を被せられたトルソーらしきものが鎮座していた。衣装係たちはにっこりしていたり、うっとりしていたり……とにかく、私がドレスを見るのを心待ちにしているようだ。
「では僭越ながら、私がお披露目させていただきます。三秒数えたら布を取りますからね!」
「ふふ、わかったわ。じゃあスーザン、よろしくね」
「はい! ではいきますよ……! 三、二、一っ!」
スーザンの掛け声とともに、バサッと布が宙を舞う。それと同時に現れたのは、まるで星空のように輝く美しいドレスだった。
紺色に近い青い生地はグラデーションになっていて、スカート部分には星のようにダイヤモンドが散りばめられている。流行りのデザインではないし、決して派手なデザインでもないけれど……上品でとても素晴らしいドレスだわ。
採寸はしっかりしたけれど、デザインは頑なに教えてくれなかったから……少し不安だったのだけれど、杞憂だったみたい。
「……とても、綺麗ね」
私がそうぽつりと呟くと、スーザンは穏やかに笑いながら口を開いた。
「きっと伯爵様には、奥様がこのように美しく見えているのですよ」
それから衣装係たちによってドレスを着せてもらい、髪もばっちりセットして、ドレスに併せて用意されていたハイヒールに履き替える。それから最後にスーザンが、「仕上げです」と言って小さなジュエリーボックスを持ってきた。中を開くと、そこには大粒のサファイアのペンダントが、シャンデリアの光を反射して煌めいていた。
「まさか、これも旦那様が?」
「それは、旦那様に直接お聞きになってみてはいかがでしょうか? 丁度今、部屋の前で旦那様がお待ちですから」
「え?」
スーザンは私にジュエリーボックスを渡すと、ゆっくりと部屋の扉を開ける。
すると、そこには本当に準備を終えた旦那様が立ち尽くしていた。……何も言わず、ただぽかん……とした様子で私を凝視している。
「……旦那様? 何か変なところでもありましたか……?」
「…………これは……夢か……?」
「だ、旦那様……?」
……旦那様はそれだけ呟いて、頭を抱えながら蹲ってしまった。侍女たちが「しゃがんでいる場合じゃないですよ!」「さっきまであんなにソワソワしていたではありませんか!」とエールを送っている。……何かしら、この光景は……。
「あの、旦那様。ドレスと靴、ありがとうございました。それから、このジュエリーも……旦那様が用意してくださったのですよね?」
しゃがみこんでいる旦那様に近づいて、そっと話しかけた。すると旦那様は、緩慢な動きで顔を上げて、耳まで真っ赤に染め上げた顔を手で隠しながら「……あぁ」と返事をしてくれた。
「すごく私好みで、とても嬉しいです。このペンダントも、今からつけさせていただきますね」
「ま、待ってくれ! その……俺に、つけさせてくれないだろうか?」
「え? わかりました、では……どうぞ」
勢いよく立ち上がった旦那様に少し驚きながらも、私は旦那様にうなじを見せる。旦那様はジュエリーボックスからペンダントをそっと手に取って、私の首を優しく彩った。
「……このサファイアも、青色が俺の瞳みたいだと言ってくれたから選んだんだ。……我儘で、すまない」
「いえ……とても嬉しいですわ。ドレスにもぴったりですし。でも……本当は、あのエメラルドのペンダントを身につける予定だったのです」
「そ、それは……本当に、申し訳ないことを……」
「ふふ、ですから……私からも一つ、贈らせてくださいませ」
そう言って私は机の上に置いてあったあるものを手に取って、旦那様の胸元に留めた。
「……これは、ブローチか? まさか、君が用意してくれたのか」
「私以外に誰がいるのですか。ふふ、私が旦那様の青を身に纏うのなら、旦那様には私の瞳を身に着けていただこうと思って……内緒で、エメラルドのブローチをご用意いたしましたのよ」
私は悪戯が成功したような気分になって、旦那様に笑いかけた。旦那様はしばらく放心しているようだったけれど、数秒経ってから「好きだ」とだけ言って、部屋を出て行ってしまった。
「もう、十分それは伝わってるわよ……!」
私がぽつりとそう呟くと、スーザンは楽しそうに「春ですねぇ」と笑ったのだった。




