二十五話 困惑
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「……ナ。ルチナ、大丈夫か?」
誰かに身体を揺さぶられている。それに、鼓膜に響いているのは……私の名前?
誰かが、私を呼んでる……。
____ゆっくりと、瞼を開ける。
ぼんやりとした視界が次第にハッキリとしていく。私、寝ていたの……? 何をしていたんだったかしら……ここはどこ……?
そんな私の顔を覗き込みながら、困ったように笑う旦那様と目が合って、私の頭は一気に覚醒した。
そうだわ、私、旦那様の看病をして……そのまま眠ってしまっていたの!?
いくら旦那様の顔色が良くなっているとはいえ……妻失格だわ!!
「も、申し訳ありません! 看病する側が寝てしまうなんて失態を……!」
「失態なんてことない。ルチナは俺が熱に苦しんでいる間、ずっと手を握ってくれていただろう? ……今だって」
「あっ……! す、すみません、すぐ離しますわ!」
私が慌てて手を離そうとすると、何故か旦那様が私の手をギュッと握りしめた。これでは、手を離すことができない。
「……今はまだ、もう少しだけこのままで……いいだろうか」
「……旦那様が、よろしいのでしたら……」
繋いだ手は、お互いの手汗でじっとりしている。心地の良いものではないだろうに、旦那様は愛おしそうにその手を見つめていた。
私は少し気まずい気持ちになりながら、小さく口を動かす。
「旦那様が倒れられたのは……私が昼間、あんなことを申し上げたからですか?」
すると、旦那様は眉を下げながら微かに微笑んで、「違う」と返事をした。
「ルチナの言葉のせいじゃない。俺が、ぐるぐると考え込んでしまったんだ。そんなことしなくても、答えは最初から明白だったというのに」
そう言いながら、旦那様はなんだか憑き物が落ちたような晴れやかな表情になる。
「ということは……やはり、旦那様の感情は勘違いだったということですか?」
「……はは、なんでそうなるんだ? 違う、君の言葉に惑わされた俺の意志が弱かっただけだったんだ」
「え?」
想定とは違う返事が返ってきて、思わず面食らう。旦那様はそんな私の手を静かに取って、手の甲にチュ……と口付けた。
「……俺はやっぱり、君のことが好きだ。ルチナ。君がなんと言おうと、この気持ちはもう揺るがない」
そう告げた旦那様の表情は、今まで見た中で一番晴れやかだった。
……そして私はというと……正直、困惑していた。
だって、旦那様の恋心は一過性のもので、熱が下がったら冷静になると思っていたのに……どうして逆の展開を迎えているわけ!?
「ルチナ、返事を聞かせてくれないだろうか」
穏やかだが真剣な顔で、旦那様が問うてくる。私は……頭がぐちゃぐちゃで、笑うことすらできなかった。
「……すみません、私は、もう恋はしないと決めたんです……」
なんとかそれだけ搾り出して、俯く。すると旦那様は、怒りもせずに優しく私の頭を撫でた。
「そうだよな、そんな気はしていた。だが、俺は諦めない。俺達はれっきとした夫婦なのだからな。……けれど、いつか君が、また恋をしてもいいと思えるようになったら……その時は、俺を選んでほしい」
「……その時が、くれば……考えます」
正直、私は困惑していた。
この人が、本当に初対面であんなことを言い放った人なの? 初夜をすっぽかした人なの?
……人は、こんなにも変われるというの?
けれど、私はこの変わりように、確かな既視感を覚えていた。
だって……数年前の私とよく似ていたから。
____恋をしていた時の、私と。
もう認めるしかないのかもしれない。この人は、私のことが本当に好きなのだわ。私なんかのどこに女性らしさを見出したのかはさっぱりわからないけれど……。
「……ですが、私でなくても旦那様なら、魅力的な女性を選び放題でしょう?」
「今まで他の女に魅力を感じたことも、関係を持ったこともない。こんな気持ちになるのはルチナ、君だけだ」
ますますわからない。私は貧乏貴族の子爵令嬢で、噂だって酷いし、容姿は……自分ではよくわからないけれど、気が強くてとても女性らしい性格をしているとは言えないのに。
それでもこの人は、私が良いと言うのね。
「……私、そろそろ部屋に戻ります。少々長居しすぎてしまいましたから……」
「あぁ、本当にありがとう。君のおまじないはよく効いたよ」
「それなら、良かったです。失礼いたしますわ」
旦那様の熱が、うつったのかしら……。私もなんだか身体が火照ってしまって、ふらふらしながら私室へ戻ったのだった。




