十九話 過去
ガタンガタンと車輪が音を立てて回っている。
貧乏貴族だったマガーリッジ子爵家の馬車と違って、クランドール伯爵家の馬車は随分と立派だ。
そんな広い馬車の中で……私と旦那様は、横並びになって密着した状態で座っている。
もっと間隔を空ければいいのに……旦那様は、意外とパーソナルスペースが狭い方なのかしら。
「旦那様、少々……近くないですか?」
「そうか? 母以外の女性と乗ったことがなかったから、わからないな」
さりげなく距離を空けることを提案してみても、さらりと躱されてしまう。……寂しがりやなの? まぁ、別にいいのだけれど……。
「それにしても……まさか、ルチナの方から誘ってもらえるなんて思っていなかったから、嬉しいよ」
「朝も同じことを仰っていましたが……そんなに意外ですか?」
「君は噂のような悪女ではなく、真面目な仕事人間だと見せつけられてしまったからな。それに……俺は、君に酷いことをしてしまったから。ビジネスパートナーとしてはまだしも、夫としては嫌われていてもおかしくないと思っていたんだ」
旦那様はそう言って、少し寂しそうに笑った。
「……そうですわね。結婚初日にされたことは、到底信じ難いことですわ。ですが、私も子爵家の没落を防ぐためだけにこの結婚を受け入れたのです。元々愛を求めていたわけではありません」
「……そうか……それは、これからもか?」
「…………私、もう恋だの愛だの、そういうものは懲り懲りなんです。数年前、少し痛い目にあったことがありましたから」
「? それは一体……」
____パカパカ……パカ……
蹄の音が、ゆっくりになっていく。そして、馬車が止まった。
「……着いたようですわね。馬車を出ましょうか」
「待ってくれ、さっきのは一体……」
「人間、誰しも触れられたくない部分はありますわ。旦那様だって、そうじゃありませんこと?」
「…………そうだな、悪かった」
私が静かに制すると、旦那様は意外にも大人しく引き下がった。
……良かった。私だって、思い出したくはないもの。遠い昔のあの時のような、屈辱は……。
「ルチナ、手を」
「えぇ、ありがとうございます」
馬車を降りると、賑やかな王都が私達を出迎えてくれた。王都なんて久しぶりね……。
「ルチナ、行きたいところはあるか?」
「今日は、前回の約束の埋め合わせですから。旦那様が決めてくださいませ」
「……それなら、ジュエリーでも見に行こうか」
……意外な趣味をお持ちなのね。確かに旦那様は美しい方だし、どんなジュエリーも似合うでしょうけど……。
あまり着飾っている姿を見たことがないから、全く興味がないのだと思っていたわ。
「……ルチナは嫌か?」
「いえ、ご一緒いたします。案内してくださいますか?」
「あぁ、もちろんだ」
そんな風に控えめに微笑む旦那様の隣を歩いていると…………恐らく国一番の名店であろう、立派なジュエリーショップの前に到着した。
「いらっしゃいませ」
如何にも高級店の店員といった、上品な佇まい。深くお辞儀をされて、私は少しだけ気後れしながら店に入った。




