十六話 信頼
結局私は旦那様同伴の元、専属医による治療を受けた。
とは言っても、目立つ怪我は背中の打撲と手の切り傷くらいで、大したものではなかったのだけれど。
それでも、背中の傷跡を見た旦那様は、酷く私の怪我を心配しているようだった。
「俺のせいですまない」
「俺が庇うべきだった」
「妻になったばかりの貴婦人に傷をつけてしまった」
……そんな風に、何度も懺悔の言葉を口にしていた。さっきは、笑って「ありがとう」と言ってくれたのに……。
本当に、気にしなくてよかったのよ。私は私がやりたいことをやっただけで、子爵家ではそれが許されていた。それどころか、強く感謝されていたと思う。
でも、この家では違うのね……。
……女である私が出しゃばったのが、悪かったのかしら。もしかして、旦那様のプライドを傷つけてしまった?
治療が終わって専属医と旦那様が部屋を退出した後。私はスーザンと二人きりになった。私は目を伏せながら、ゆっくりと口を開く。
「ねぇ、スーザン。私のしたことは、間違っていたのかしら……」
そうぽつりと口にすると、スーザンは少し困ったように、けれども泣きそうな声で話してくれた。
「奥様は、素敵な方だと思います。ですが……お言葉ですが、もっと私達……いえ、伯爵様のことを、頼っても良いのではないでしょうか」
「旦那様を……頼る?」
「はい。奥様は女性で、伯爵様は男性……それも、国一番の剣士なのです。もっと伯爵様のことを信頼されてもよかったのではないですか?」
「……女性だとか、男性だとか、そういう考えはあまり好きではないの。それに……この結婚に興味がないと言ったのは、旦那様よ。初夜も放り出して新婚の妻を放置した相手を、心から信頼なんて、できないわ……」
私がそう答えるとスーザンは気まずそうな表情をした。それから顔をくしゃりと歪めて、泣きそうな顔になる。
「それは……確かに、そうだと思います。ですが、私は奥様を見ていると、心配になるのです。奥様は、ご自身のことをもっと大切にするべきご身分ですのに……」
そこでようやく、私はハッとした。
「それは……そうね。私はもう、子爵令嬢ではないのだったわ……」
「はい。それに……旦那様は確かに初めこそあの様な発言をされていましたが、屋敷に帰ってこられてからは……奥様と歩み寄ろうとしているように、私は感じます」
……それは、私も感じていないわけでもない。けれど、なぜ旦那様がいきなり心変わりをしたのか、私にはわからなかった。
昨日の夕食会の時点では……旦那様は私達の関係を夫婦という名のビジネスパートナーだと感じてくれたから、態度が変わったのだと思っていた。
けれど、旦那様は妻の私が傷つくのは嫌だという。ビジネスのことを考えるなら、私の命よりも旦那様の命の方が、よっぽど大切であるというのに。
どうしてただのビジネスパートナー相手に、そんなことを思うの……?
わからない、旦那様のことが……。
少しは歩み寄れた気がしていたのに、真意が掴みきれなくて、また距離が遠くなった様に感じる。
「……旦那様も奥様も、もっとお互いのことを知って、話し合うべきだと思いませんか? それこそ、今日は外出の予定が無しになってしまったので……怪我が治ったら、今度は奥様の方からお誘いしてみるのはいかがでしょう」
「……私が誘って、旦那様は喜ばれるのかしら」
「はい、きっと。とてもお喜びになると思いますよ。では、私も失礼いたしますね」
スーザンは穏やかな笑みでそれだけ言って、部屋を出ていった。
私はというと、せっかく軽くなった胸が今度はなんだかもやもやしてしまって、背中の痛みに耐えながら無理やり眠りについたのだった。




