十五話 笑顔
「なっ…………!」
「動かないでください!」
次の瞬間、バサ、バサと本が降ってくる。背中や手の甲に容赦なくぶつかってきて、普通に痛い。
装丁がしっかりしているせいで、高いところから落ちてきたら鈍器で殴られたみたいな衝撃が走るのよね。
「……ふぅ……旦那様、大丈夫でしたか? ……旦那様?」
「…………」
密着しているせいで、旦那様の心音がダイレクトに伝わってくる。物凄く、心拍数が上がっている。
……そんなに怖かったのかしら?
それとも、どこか怪我でもしたんじゃ……!
そんな風に思って旦那様からバッと離れると、旦那様の顔は……驚く程真っ赤で、どこか呆然とした表情をしていた。私は焦って、旦那様の肩を揺する。
「ど、どうしたのですか!? 本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……。いや、厳密には大丈夫じゃない、が……」
旦那様は小さな声でそう呟いたかと思うと、突然ハッとしたように私の顔を見た。それから私の手を取って、焦ったように口を開く。
「君こそ、怪我をしているんじゃ……! あぁ、血が出ているじゃないか……。俺は頑丈だから、あんな風に庇う必要なんかなかったんだぞ!?」
「そんなこと言われましても……この領地にとって、私は替えがきく存在です。でも、旦那様はそうはいかないでしょう? こんな傷、舐めたら治りますわ」
そう言って手の甲を傷を拭こうとすると、旦那様はそれを制するように私の手首を強く掴んだ。
「ルチナ、君は替えのきく存在なんかじゃない……! 俺のことはいいから、もっと自分を大事にしてくれ……」
「どうして……」
どうして、そんな切なそうな顔をするの……?
状況が飲み込めずにポカンとしていると、いきなり旦那様に抱き締められた。その瞬間、ピリッとした痛みが走る。
「痛っ……」
「……まさか、背中も怪我しているのか?」
「ちょっとぶつかっただけ……こんなのかすり傷ですわ」
「そんなわけないだろう!?」
「本当に大丈夫………………っ!?」
いきなり、ガバッ!と旦那様に抱きかかえられた。これって……所謂、お姫様抱っこ?
「このまま運ぶ。暫くじっとしていてくれ」
「どこにですか?」
「君の部屋に決まっているだろう。治療もしてもらうから、専属医も呼ばないといけないな……」
「そんな……大袈裟ですわ。本当に、放置していれば治りますから……」
「……俺が嫌なんだ。君が傷つくのは」
旦那様が、ぽつりと呟いた。私はビックリして「初夜をすっぽかした人と同一人物とは思えない発言ですわね」なんて、可愛げのないセリフを声に出してしまう。
すると、旦那様は気まずそうな顔をしながら、「……それは……本当に、すまなかった」とだけ言ってから早足で歩き出した。
……男の人に心配をされたのなんて、初めてだから、こんな時にも可愛い反応ができない。
強い自分を呪ったことはないけれど、なんだか少しだけ、こんな自分が嫌になった。
「……ありがとうございます、旦那様」
「それはこちらのセリフだ。……ルチナ、こんな俺を守ってくれて……ありがとう」
そう言ってふわりと微笑む旦那様を見て、「あぁ、この人は本当は、こんなに綺麗に笑えたのね」なんてことを思った。
少なくとも、怪我をして守って良かったと思ってしまうくらいには。




