十四話 男前
「……本当に、ここで良かったのか?」
「はい。ここが良いのです」
旦那様がお帰りになった次の日。朝食会の途中で、「どこか行きたい場所はあるか?」と尋ねられた。
当然私は驚いたのだけれど、これも夫婦……いえ、ビジネスパートナーとして旦那様が歩み寄ってくださっている証だと思うと悪い気はしない。
そうして私は少し考えてから、ずっと気になっていた場所の名前を挙げたのが今朝の話だ。
「思った通り、素敵な場所ですわ」
「……気に入ってくれたならよかった。だが、これは最早外出ではないのではないか……?」
「あら、旦那様は『行きたい場所』と仰っただけで、『外に出ろ』とは言いませんでしたわよ?」
「それは……そうなんだが……」
旦那様がなんとも言えない表情で押し黙る。
まぁ、その反応も無理はないわね。だって私がリクエストした場所は……伯爵邸の中にある、立派な図書室なんですもの。
掃除の時に伯爵邸は一通り把握出来たのだけれど、この図書室だけは鍵がかかっていて入れなかったのよ。
しかも、その鍵は旦那様が持っているって言うじゃない!
だから、旦那様の方から提案をしてくださって助かったわ。
「……やはりせっかくだし、どこかに出掛けても良かったのではないかと思うんだが。その、夫婦なのだし……」
「んー……私は元々実家でも執務室に籠りっきりでしたし、部屋で本を読む方が好きなのです。それに……こんな立派な図書室があるくらいなのですから、旦那様も本がお好きなのでは?」
「本は好きだが、そうではなく……」
「……? なんだかよく分かりませんけれど、そんなに外に行きたかったのですか? でしたら、午後は伯爵領でも見て回ります?」
旦那様がなんだかそわそわ……というかもじもじ?しているのが気になって、若干不本意ではあるが外出を提案してみる。
すると、旦那様はパッと顔を明るくして、「いいのか?」と問うてきた。……そんなに外出が好きなのね。
「では、午後は初めてのデ……」
「視察、したかったので助かりました。……すみません、今何か言いかけましたか?」
「……いや、そうだな、俺達はビジネスパートナーだからな……」
「え、えぇ……」
さっきまであんなに明るかった旦那様の表情が、一瞬にしてなんとも言えないものに変わってしまった。やっぱり伯爵領じゃなくて、王都とかを提案した方が良かったかしら?
なんだか悪いことをしてしまったわね……。
そんなことを考えている途中、ふとある本が目に入った。
____旦那様の背後にあるあの本は……ずっと読みたかったのに品切ればかりで読めていなかった、経営書だわ……!
旦那様には悪いけれど、早速借りさせていただくことにしましょう。
「旦那様、少し失礼いたします」
私はそう言って、旦那様のすぐ後ろにある本を取ろうと、本棚に近付く。すると、必然的に旦那様との距離が縮まる。
……本当は退いてくださると有難いのだけれど、流石にそれはなんだか申し訳がないものね。
私の吐息が旦那様の首にかかりそうな距離になってようやく、私の手が本に触れる。
……その瞬間。
「な、なっ……!?」
____ガタン!
旦那様がなぜか顔を真っ赤にして、本棚に頭を打ち付けた。私は一瞬驚いたけれど、すぐに本棚に衝撃が走ったことに気付く。
____危ない、本が落ちてくる!
瞬間的にそう感じた私は、咄嗟に旦那様の手を引いて…………彼の頭を守るように、力強く抱き締めた。




