十三話 ビジネスパートナー
広いダイニングテーブル。その両端に私と旦那様がそれぞれ着席したのを合図に、初めての夕食会が始まった。
給仕が運んでくれたオニオンスープ。それをゆっくりと飲み込んだ瞬間、旦那様が声をかけてきた。
「その……今宵のドレスは……あ、青いのだな」
「……え? まぁ、青いですわね、どう見ても……。それが何か?」
「いや、その……なんでもない」
……結局、何が言いたかったのかしら……。
雑談するにしろ、ドレスの話題を振るのなら、適当に「似合っている」とでも言っておけばいいものを……。
そもそも旦那様から話しかけてくるなんて、本当にどういう風の吹き回し?
私はてっきり、今日のことをお怒りになるのだと思っていたけれど……そんな様子でもなさそうね。
旦那様はというと、「なんでもない」と言ったきり黙々と夕食を口に運んでいる。時折視線を感じて旦那様の顔を見ると、すぐにパッと逸らされてしまう。
……本当に、何がしたいの?
ただ、この空間はあまりにも気まずすぎる。流石に私からも何か話題を振るべきかと思って、ナイフでステーキを切りながら口を開いた。
「このドレスは、旦那様の瞳の色を思い浮かべて選んだんですよ」
「っ、ごほっ、けほ……!」
私がただ事実を淡々と述べると、旦那様は丁度そのタイミングで喉を詰まらせたのか、気管に水が入ったのか……。
盛大に咽せてしまわれた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ごほんっ! いや、その……今の話は、本当か?」
「私は意味のない嘘は吐かない主義です」
「そ、そうか……」
私がそう答えると、旦那様は頬をほんのりと赤く染めて俯いてしまった。
……これは、どういう反応なのかしら?
「不快な思いをさせてしまったのでしたら、以降は青色のドレスは着用しないように致しますが……」
なんだか落ち着きのない旦那様にそう声をかけると、旦那様はバッと顔を上げた。それから、私の言葉を遮るように大きく声を張り上げる。
「い、いや!! 全く不快な思いなどしていない! ……なぜ、そんなことを思ったんだ?」
「なぜって……私は昼間、旦那様を大勢の使用人の前で糾弾いたしましたもの。そのことに対して後悔はしておりませんが、旦那様が気分を害されるのも当然かと」
「……君も、そういうことを気にするんだな」
…………この方、私のことをなんだと思っているのかしら。まさか、まだ私のことを噂通りの贅沢わがまま令嬢だと思っているとか?
「自分に対する噂は、さして気にしておりませんわ。ですが、自身が放った言葉には責任を持ちたいと考えています。言葉は武器です。道を切り開くことも、他者を傷つけることも出来てしまいますもの。結婚初日、旦那様が私に仰ったことも、ですわ」
私はナイフの動きを一度止めてから、旦那様にハッキリと言い放った。
……流石にちょっと嫌味っぽかったわね、今のは。私としたことが、反省だわ。
旦那様は少し傷ついたように顔を歪める。それから小さな声で、私に語りかけた。
「……そうだな。俺は君に許されないことを言ったし、行った。いくら君のことを噂通りの悪女だと勘違いしてたとはいえ……許されないことだ」
……あら?
「だが……いや、だからこそ、これからは一生をかけて償っていきたい。そして……君が俺に言ってくれたように、ちゃんと『夫婦』になりたいんだ。……こんな俺だが、君に相応しい夫になれるだろうか?」
「……まぁ……」
……驚いた。
私はてっきり、旦那様は気分を害しているものだと思っていたから。
もしかして最初のドレスの話も、私とただ親交を深めたかっただけ……なのかしら。
だとしたら、私もこの人のことを誤解していた。初対面だけの印象で、決めつけていたんだわ。本当は、娶ったばかりの妻の言葉を聞いて考えを改めることができる、素直な方なのに。
きっと旦那様も悪い人ではないのだ。……まぁ、初夜をすっぽかしたことは決して許されることではないけれど……。噂を放置していた私も私だもの。
もしかしたら……案外、上手くやっていけるのかしら。
そう気付いた途端、私の胸の中の重りが少し軽くなった。……私、なんだかんだこの結婚に、不安を感じていたのかもしれないわね。
「心配なさらなくても、旦那様の領主としての腕は素晴らしいものですわ。ですから、私達、きっと良い『夫婦』になれます」
「っ! そうか……!」
「えぇ。素晴らしい『ビジネスパートナー』となれるよう、これから力を合わせて頑張っていきましょう」
私は笑顔でそう告げる。
すると旦那様はなぜか一瞬固まってから、「ビジネス……パートナー……」と呟いた。
私、何か変なこと言ったかしら?
「? はい。だって、旦那様は妻である私自体には興味がないのでしょう?」
「い、いや、それは、その……」
旦那様の歯切れが悪くなる。具合でも悪いのかしら?
「ですが、旦那様がこの結婚に意味を見出してくださって、安心いたしました。これから二人で、この領地を今以上に素晴らしいものにしましょうね!」
私が本心からそう告げると、旦那様はなぜか項垂れた様子で「あぁ……」と返事をした。
「……自業自得とはいえ、これは中々キツイものがあるな」
「? なにがです?」
不思議に思って問いかけると、旦那様は少しだけ困ったような笑顔で「こっちの話だ」と呟いたのだった。




