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魔力ゼロって言われたけど、無限にあったので無自覚にダンジョンから国を作ります  作者: 夜凪レン


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第85話 書き換えていい

 残っているのは手引きだった。


 ルーカスは、川上の石の上ではなく、空き地にいた。

 束は膝の上にある。


 稽古は、まだ休みのままだった。

 十四人のうち、三人が様子を見に来ていた。三人でも来るのは、大したものだと思う。


「捨てましょうか」


 彼は、開口一番にそう言った。


「捨てない」


「ですが」


「捨てたら、あの十四人は、また何も無しになる」


 俺は地面に座った。


「そっちの方が悪い」


一番目


「一番目を、変える」


 俺はそう言った。


 ルーカスは、束の一枚目を開いた。几帳面な字が、上から詰まっている。


  一、まず、自分の魔力量を測る。


「なんて書けばいいですか」


「お前が書け」


「私は」


「お前の紙だ」


 彼は、しばらく黙って、それから筆を持った。


 線を引く。

 自分の字を、自分で消すのは、たぶん、書くより時間がかかる。


 消してから、彼はまた止まった。


「……分かりません」


「聞け」


「誰に」


 俺は、空き地の端を指した。


 石を並べていた。

 ここにも持ち込んだらしい。


「シア」


 子どもが顔を上げた。


「これ、なんて書いたら、お前は残れた」


 シアは、しばらく紙を見ていた。それから、こう言った。


「はかれないひとが、いる」


 ルーカスの手が止まった。


 それから、彼は書いた。


  一、まず、測れないことがある。


 書いてから、長く息を吐いた。


 三人が、後ろから覗き込んでいる。


「……変わりませんね」


 港の男が言った。


「二番目からは、同じですよ」


「同じだ」


 ルーカスは頷いた。


「一行だけです」


「じゃあ、意味あるんですか」


 彼は、少し考えて、こう答えた。


「入口が、閉まらなくなります」


名前を、外す


「もう一つある」


 俺は束を指した。


「表紙だ」


 表紙には、一行だけ書いてある。


  通界式 手引き 第三版


「これ、名前を外す」


 ルーカスが顔を上げた。


「外す、というのは」


「“通界式”を消す」


 三人がざわついた。


「なんでですか」


 若い方が素直に聞いてきた。


「うちの名前だと、うちのものになる」


 俺は答えた。


「うちのものになると、直すのに、うちの許可が要る」


「……許可、要りますか?」


「要らない」


 俺ははっきり言った。


「今、要らないと言ってる。でも、名前が付いてるものは、いつか誰かが許可を出し始める。俺じゃなくても、次の誰かが」


 ルーカスが静かに言った。


「南の判子と、同じ形ですね」


「同じだ」


 俺は頷いた。


「名前があるところに、判子が生える」


 彼は、表紙を長く見ていた。


 その一行は、たぶん、彼が最初に書いた一行だ。

 誰かに読んでもらうために、いちばん大きく書いた文字だ。


「では」


 彼は筆を取った。


「何と書けば」


「好きにしろ」


「……無責任ですね」


「うん」


 ルーカスは、少し笑って、表紙に線を引いた。消した跡の下に、こう書いた。


  押さない魔法の、覚え書き

  書き足し・書き直し、いずれも自由


 三人が、覗き込んで、声を出した。


「自由って、俺らも書けるんですか」


「書けます」


「間違ってたら?」


「直してください」


 ルーカスはそう言った。


 教える人の顔ではなかった。

 紙を配る人の顔だった。


最初の書き手


「じゃあ、最初に書く人を決めよう」


 俺が言うと、三人が一斉に手を挙げかけて、途中で止めた。誰も、自分が最初でいいのか分からないという顔をしている。


 俺は、空き地の端を見た。


「シア」


 子どもが来た。


「書け」


「なにを」


「なんでもいい。お前が、いま思ってること」


 シアは筆を持った。

 持ち方は、下手だった。誰にも習っていない持ち方だ。


 彼女は本文の中には書かなかった。


 紙の、右の余白。


 そこに、一行だけ書いた。


  はかれないままでも、いていい?


 ――問いだった。


 俺は、それを見て、しばらく動けなかった。どこかで見た形だ。


 仕事の記録ではなく、誰に見せるつもりも無く、その日の終わりに書かずにいられなかったから書いた、あの一行と、同じ場所に、同じ形で書いてある。


 あの人には、答える相手がいなかった。


 俺はいる。


「いていい」


 俺はそう答えた。


 シアは、筆を置いて、また石の方へ戻っていった。


 束の右端に、幼い字が一行、増えた。


 その一行を消す権利は、この街の誰にも無い。

 名前を外したので、許可を出す人間が、もういないからだ。

第1話の欄外に、記録係が問いを書きました。

同じ場所に、もう一つ増えました。今度は、答える人がいます。

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