第83話 答えを出さなかったから、入れた
答えは、と聞かれて、俺は答えられなかった。
その場では「分からない」とだけ言った。
四回目だった。数えるのはやめようと思う。
シアは、それ以上聞かなかった。
子どもは、大人が本当に分かっていないときは、追わない。追っても出てこないのを知っている。
俺たちは、その日、学園に泊まった。
客室ではなく、空いている寮の部屋だった。俺が頼んだ。
窓から、実技場が見える部屋だ。
夜
夜中に目が覚めた。
寮の天井は、記憶より低かった。
当時はもっと高く見えた。人は、天井の高さを気分で測る。
(……なんで、俺は入れたんだ)
起きているうちに、その問いが戻ってきた。
順番に思い出す。
水晶が沈黙した。
二度目も沈黙した。
会場がざわついた。
学園長が壇上に出てきた。
そして、こう言った。
――魔力量が測定不能、あるいは反応ゼロの者は、原則入学不可――だが。
あの日の俺は、「だが」の方しか聞いていなかった。ひっくり返る側にばかり気を取られて、その手前を素通りしていた。
(……原則)
俺は、そこで起き上がった。
原則、と言っていた。原則と言う以上、そこから先は誰かが一件ずつ決めなければいけない。
その一件を、あの人たちは決めなかった。
ゼロという数字は、出ていた。出ていたのに、その数字で扱いを決めることを、あの学園はしなかった。
決めなかったものを、あの学園は「観測対象」と呼んだ。
条件は三つ。
実技は原則見学。危険行為は禁止。許可なく魔法の行使は禁ず。
当時は、面倒な条件だと思った。
今読むと、あれは条件ではない。
――保留だ。
判定を保留したまま、置き場所だけ作った。
その置き場所に、俺は、街を作りに出るまでずっといた。
保留の値打ち
朝、俺は、学園長を捕まえた。
彼は、朝が早い人だった。誰もいない廊下を、一人で歩いていた。
「一つ、確認を」
「どうぞ」
「あの日、俺を観測対象にしたのは」
俺ははっきり聞いた。
「答えが出せなかったからですか」
学園長は足を止めた。
しばらく、窓の外を見ていた。
「……はい」
彼は認めた。
「入学不可にするには、根拠が要ります。可にするにも要ります。どちらの根拠も、我々にはありませんでした」
「だから、置いた」
「置きました」
彼は少し目を伏せた。
「怠慢です。ずっと、そう思ってきました」
俺は首を横に振った。
「助かりました」
その言葉は、自分でも意外なほど、素直に出た。
「……え」
「あそこで“不可”と決めていたら、俺は帰ってました」
あの日、家に帰って、それで終わりだ。
街も、港も、突堤も無い。
「“可”と決めていても、たぶん駄目でした」
「なぜです」
「量で入れてもらったら、量で見られます」
俺はそう言った。
「押さないやり方は、量の話じゃないので」
学園長は、長い間、何も言わなかった。
それから、深く息を吐いた。
「……我々は、何もしなかったつもりでいました」
「してましたよ」
俺は、廊下の先を見た。
実技場が見える。あの見学席は、まだあるらしい。
「決めないまま、場所だけ用意した」
言いながら、頭の中で、別のものと重なった。
書きつけの、空いた欄。
あの欄は、埋まっていない。
埋まっていないから、悪い方に埋められる。
――埋めないまま、置く方法があるとしたら。
(……あるじゃないか)
自分がその中にいた形が、目の前にあった。
思いつく
俺は、その場で立ち止まったまま、頭の中を整理した。
通界が「受け入れる」と決めたら、前例になる。
「断る」と決めても、前例になる。
どちらも判定だ。
判定しない、と返事をすると、外側の役所は動けない。動けないまま、子どもは名簿に載らない。
だから、判定しないことに、形を与える。
――保留のための欄を、こちらから配る。
学園がやったことと、同じだ。
あれは怠慢だった。怠慢だったが、置き場所としては、正しく働いた。
違うのは一つだけ。
あの日の学園は、置き場所を一人ぶんしか作らなかった。
「学園長」
「はい」
「一つ、真似させてもらいます」
彼は意味が、分からないという顔をした。
「何をです」
「怠慢を」
俺は、そう言って、寮へ戻った。
部屋では、シアがもう起きていて、窓から実技場を見ていた。
「はかってた?」
彼女が聞いた。
「昔な」
「いま、だれもいない」
「朝だからだろ」
子どもは、少しだけ窓に近づいた。
誰もいない実技場を、しばらく眺めていた。
第1話の「観測対象」は、扱いを決めないための箱でした。
本人だけが、それを不便な条件だと思っていました。




