第81話 学園から、返したいものがある
手紙は封蝋つきだった。
この街に届く紙で、封蝋がついているものは少ない。
ほとんどの用件は、走ってきた誰かが口で言う。その方が速いからだ。
だから、封蝋を見た時点で、送り主の見当はついた。
「学園長です」
アクアが封を切らずに差し出した。
「読みます?」
「読む」
俺は受け取った。
字は几帳面だった。
ルーカスの字と、少し似ている。同じ場所で習うと、似るのかもしれない。
三つの用件
用件は三つあった。
一つ目。
学園は通界式を導入した。
実技の評価を、量ではなく「何を止めて、何を通したか」で見る形に変えた。手引きを取り寄せ、教官が読み、その順に沿って教えている。
(……手引き、そっちにも行ってるのか)
二つ目。
うまく行っていない。
文面は、もっと丁寧だった。丁寧だが、要するにそう書いてあった。
――生徒は、以前より楽に魔法を扱えるようになりました。
――しかし、以前より、静かになりました。
――質問が出ません。
俺は、そこで一度、手紙を下ろした。
あの空き地の、同じ大きさの火を思い出した。
順番があると、人は順番を守る。
守っている間は、疑問が出ない。疑問が出ないのは、うまく行っている証拠に見える。
学園長は、それを「静かになった」と書いた。
この人は、正直な人だ。門の内側で頭を下げて、「何も、と答えるしかありません」と言った時から、そこは変わっていない。
三つ目
三つ目が本題だった。
――お返ししたいものがあります。
俺はその一行を二度読んだ。
返す。
俺は学園に何も預けていない。
預けるようなものを、持っていたことも無い。
続きに、こう書いてあった。
――地下の観測室に、記録が残されています。
――あなたが入学された前日から、一日も欠かさず取られたものです。
――記録係はもう学園を離れており、行方は分かりません。
――彼の書いたものを、我々は読めませんでした。読めないまま、保管しています。
――これは我々のものではないと思います。
(……)
俺は、しばらく黙って紙を見ていた。
あの日、水晶は二度沈黙した。
その夜のことは、当然、俺は知らない。誰かが地下で何かを書いていたことも、知らない。
知らないところで、誰かが俺を見ていた。
見ていて、意味が分からなくて、それでも書き続けた。
それは、たぶん、いちばん報われない仕事だ。
行くかどうか
「行くんですか」
アクアが聞いた。
「行く」
「返事は」
「要らない。着いてから言う」
彼女は、少し呆れた顔をして、それから帳簿を開いた。
「では、船を一つ押さえます。あと、留守中の決裁ですが」
「ゼロ件だろ」
「ゼロ件です」
(進歩が無いのか、進歩なのか)
フレイが扉の枠にもたれて言った。
「連れて行くのか」
主語が無くても誰の話かは分かった。
「連れて行く」
「学園だぞ」
「知ってる」
「あそこは、測る場所だ」
俺は頷いた。
「だから、連れて行く」
フレイは、しばらく俺を見て、それから短く笑った。
「――そういう顔をするようになったな」
「どういう顔だ」
「決めてない顔で、動く顔だ」
悪口なのか褒め言葉なのか、最後まで分からなかった。
宿の前を通ると、石の列は、路地の入口を曲がっていた。
「シア」
俺はしゃがんで言った。
「船に乗るか」
子どもは顔を上げた。
「どこ」
「俺が昔いたところだ」
少し考えて、彼女は聞いた。
「はかる?」
「測らない」
俺はそう言った。
言ってから、その約束を守る方法を、まだ何も持っていないことに気づいた。
第33話で、学園長は「何も観測できませんでした」と言いました。
記録そのものは、まだ地下にあります。




