第78話 通界の名で、売られている
偽の判定書は、思ったより上手くできていた。
三日で、九枚集まった。
ノクスの部下が、南の港と、その先の三つの町から持ち帰ってきたものだ。
集め方も聞いた。買ったのではない。市場で判定書を持っている人間を見つけ、写しを取らせてもらい、礼に飯を出す。それだけで九枚が三日で揃う。取り上げると隠れるので、取り上げない。この男のやり方は、いつも、そこが徹底している。
並べると、判子の彫りが少しずつ違う。
「四人以上いますね」
ノクスは、指で順に示した。
「これとこれは同じ手。この二枚は真似。残りは、真似の真似です」
「増えてるってことか」
「増えます」
彼は、あっさり言った。
「儲かるので」
中身
俺は一枚を読んだ。文面は丁寧だった。
――右の者、通界式の基準により、就学および就労に支障なきものと認める。
最後に判子。
それだけだ。
「これ、買った側はどうなる」
「役所に出します」
「通るのか」
「通ります」
ノクスは、少しだけ面白そうな顔をした。
「役所は、判子を見ます。中身を見ません。中身を見る仕組みが無いからです」
(……そうか)
「じゃあ、実害は」
「今のところ、ほぼ無いです」
彼は、そこで一拍置いた。
「銀貨五枚を払える家の子は、これで名簿に載ります」
俺は、その先が読めた。
「払えない家は」
「載りません」
空気が、少し重くなった。
「詐欺の被害者は、買えなかった側です」
ノクスは、そう言って、紙を裏返した。
「よくできた詐欺は、大体そうなります」
名前という財産
「なあ」
俺は聞いた。
「なんで、こんなに売れる」
「名前があるからです」
「名前」
「通界、という名前です」
ノクスは、判子の跡を撫でた。
「この二文字が、銀貨五枚ぶんの信用になっている。ということは、この二文字はもう財産です」
「財産」
「はい」
彼は、こちらを見た。
「そして、財産には、必ず持ち主が要ります」
俺は、返事に詰まった。
「うちの街は、誰のものでもない」
「知ってます」
「じゃあ」
「じゃあ、この名前は誰のものですか」
ノクスは、静かに聞いた。
いつもの軽口ではなかった。
この男は、たまにこういう聞き方をする。裏を回している人間は、表の空白がよく見える。
「……俺のじゃない」
「そう言い続けられるのは、街が小さい間だけです」
彼は、九枚をまとめた。
「名前を持った時点で、闇はできます。持ち主がいないなら、なおさら」
止め方
「潰せるか」
「潰せます」
ノクスは即答した。
「彫り師を四人止めて、売り子の道を三つ閉じれば、この判子は死にます」
「じゃあ」
「二か月で、別の判子が立ちます」
彼は、肩をすくめた。
「私が同じ立場なら、そうします」
「……止まらないのか」
「止まりません」
ノクスは、そこで言い方を変えた。
「これは、盗まれているんじゃありません」
「じゃあ何だ」
「空いているところに、入られているだけです」
俺は、その言葉を、しばらく口の中で転がした。
空いている。
書きつけの欄も空いていた。
空いた欄は、悪い方に埋められる。
名前も同じらしい。
誰のものでもない、というのは、俺たちの中では美しい話だった。
外から見たら、ただの空き地だ。
(……看板だけ立ってて、中に誰もいない店か)
そこに勝手に人が入って、商売を始めている。
「どうします」
ノクスが聞いた。
「持ち主を、決めますか」
俺は、首を横に振った。それだけは、はっきりしていた。
「決めない」
「ですよね」
彼は少し笑った。
「では、別の手を考えてください。私は、時間を稼ぐ側をやります」
名前を持たない、という選択には、持たないなりの穴があります。




