第76話 ゼロと、測定不能
俺は間違えた。
間違えた自覚があるのは、あとになってからだ。
その時は、いい考えだと思っていた。
――同じだ、と言えばいい。
俺もゼロだった。
この子も測れない。
だったら、話は早い。
そう思って、俺は、宿の前に座った。
言ってみた
「シア」
「ん」
彼女は、石を並べる手を止めなかった。
「俺も、ゼロだったんだ」
手が止まった。
顔が上がる。
「昔?」
「昔。十五の時に、水晶が動かなかった」
「ふうん」
反応は、それだけだった。
俺は、少しだけ調子に乗った。
「二回測った。二回とも動かなかった。周りは、人生終わったって顔をしてた」
「うん」
「でも、平気だった」
これは、半分本当で半分嘘だ。
「だから、大丈夫だ」
言い終わってから、間があった。
風が、川の方から一度だけ吹いた。
シアは俺を見ていた。
怒っていなかった。
困ってもいなかった。
――ただ、静かに、こう言った。
「ゼロって、出たんでしょ」
俺は、返事をしそこねた。
違い
「出た」
しばらくして、俺はそう答えた。
「いいな」
シアは、また石に戻った。
「わたし、こわれる」
石を一つ、右へ動かす。
「はかると、こわれる。だから、はかるのやめる」
「……うん」
「やめると、なにもない」
彼女は、そこで初めて、少しだけ強く言った。
「ゼロは、あるでしょ」
俺は、そこで完全に黙った。
ゼロはある。
ゼロという数字は枠の中にある。
いちばん下だが、ちゃんと欄に入る。人はそれを見て、可哀想だと言える。可哀想だと言えるのは、扱いが決まっているからだ。
この子はそこにいない。
欄が空いている。
空いている欄は、悪い方に埋められる。
(……ルミナが言ってたのは、これか)
俺は、自分の昔話を持ち出して、この子の場所を奪おうとしていた。
同じだ、と言うのは、便利な慰めだ。便利すぎて、相手の状況を一段浅くする。
俺は測られた。
この子は、測られてすらいない。
その差は、たぶん、俺が思っているより深い。
言えたこと
「悪かった」
俺はそう言った。
「なにが」
「同じだって言った」
シアは、少し首を傾げた。
「ちがうの?」
「違う」
俺ははっきり言った。
「俺は、お前の場所を知らない」
子どもは、それを聞いて、しばらく黙っていた。
それから、小さく頷いた。
「うん」
その「うん」は、今まででいちばん長い返事だった気がした。
分からない
夜。
執務区画の卓に、七枚の書きつけが並んだままだった。
みんな、それぞれの用事で来て、それぞれ帰らずにいた。アクアは帳簿を膝に乗せたまま開かず、ノクスは窓枠に腰かけ、セレナは椅子を後ろ向きに使っている。誰も本題を出さないまま、灯りだけが増えていた。
「で」
フレイが口を開いた。
「どうする」
全員がこちらを見た。
この街では、俺が「こうする」と言えば、大体そのとおりになる。
命令ではない。誰も命令されていない。ただ、みんな、それで回ることを知っている。
だから、余計に、はっきり言う必要があった。
「分からない」
自分の声が、思ったより静かに出た。
「受け入れると決めたら、俺が基準になる。断っても、俺が基準になる」
「うん」
「基準になったら、この街は、たぶん終わる」
誰も笑わなかった。
「だから、分からない」
言ってしまうと、少しだけ楽になった。
それが危ないのも分かっていた。
「初めてですね」
アクアが、帳簿を開かずに言った。
「何が」
「あなたが、決めなかったのは」
「同じだよ」は、慰めのつもりで場所を奪う言い方になることがあります。
主人公が、自分の武器で人を殴った回でした。




