第74話 手引きの、一番目
言い出したのは、シア本人だった。
石の列が壁まで届いた翌朝、彼女は宿の前に立って、空き地の方を見ていた。
あそこには、朝から人が集まる。十四人が、同じ大きさの火を出す場所だ。
「行きたいのか」
俺が聞くと、シアは頷いた。
「見たい」
それだけだった。
行けばいい、と思った。
この街には、見てはいけない場所が無い。作らなかったからだ。
(……行けばいいだけ、だよな)
その時の俺は、本当にそう思っていた。
空き地
ルーカスは、シアを見て、少しだけ表情を変えた。
驚いた顔ではない。
困った顔でもない。
――思い出した顔だった。
「見学ですか」
「見学だ」
「どうぞ」
彼は、丁寧に頭を下げた。
子どもに対しても同じ角度で下げるのは、育ちだと思う。
シアは、いちばん後ろに座った。膝を抱えて、そこから動かない。船の上と、同じ座り方だった。
稽古が始まる。
息を吐く。
肩を落とす。
胸に集めない。
出口を決める。
押さない。
小さな火が十四個。今日も、全部同じ大きさだった。
シアは、じっと見ていた。
まばたきが少ない。
――見ている顔は、いい顔だった。
そして、始まりに戻る
半刻ほどして、ルーカスが手を叩いた。
「では、休みます」
十四人が、ばらけて座り込む。
シアが、立ち上がった。
自分から前に出た。
「やる」
短く、そう言った。
ルーカスは、少し嬉しそうな顔をした。
教える側の人間が、いちばん素直に喜ぶ瞬間だ。
「はい」
彼は、紙を一枚差し出した。
「では、最初からいきましょう」
シアが、紙を受け取る。
俺は、その紙を横から見た。
一番上の欄。
第一項。
几帳面な字で、こう書いてあった。
一、まず、自分の魔力量を測る。
――空気が止まった。
止まったのは俺の中だけで、周りは普通に休憩していた。
港の男が水を飲んでいるし、若い女が笑っている。
でも、俺には、その一行しか見えなかった。
測る
「測るって」
誰かが、親切に言った。
「あそこの測定石でいいですよ。街のやつ」
「順番、貸すよ」
どれも親切だった。
親切なので、断る理由が、どこにも用意されていない。
シアは、紙をじっと見ていた。
字が読めるのかどうかは、分からない。
でも意味は、分かったらしい。
彼女は紙を返した。
「いい」
「え?」
「いい」
もう一度、同じ言葉。
そして、後ろへ下がった。
膝を抱えて、また座った。
誰も、追わなかった。
追う理由が、無いからだ。手順どおりに進めなかっただけだ。
――手順どおりに進めなかっただけ。
(……なんだ、これ)
同じ形
俺は、その場に立ったまま、うまく息ができなかった。
見覚えがある。
水晶に手を置いて、二度沈黙して、それでも「観測対象として入学を許可する」と言われた日。
あのとき学園は、俺を測ってから、扱いを決めた。
測った結果が扱いにならなかったので、枠の方を新しく作った。
枠を作れたのは、学園に権限があったからだ。
この空き地には権限が無い。
紙しか無い。
だから、この子は、入口で止まる。
誰も止めていないのに、止まる。
「ルーカス」
俺は呼んだ。
「はい」
「一番目」
「はい」
「なんで、そこから始めた」
彼は、答えようとして――止まった。
視線が紙へ落ちる。
自分の字を、初めて読む人間みたいな顔で、その一行を見ていた。
「……自分の量を知らないと」
声が少し掠れた。
「無理をして、倒れる人がいるからです」
「うん」
「実際に、いました」
「だろうな」
俺は頷いた。
この項目は正しい。
誰かが倒れたから、書かれた。
正しいものが、入口に置かれている。
「知ってた?」
俺は聞いた。
「量が測れない子がいる、って」
ルーカスは、首を横に振った。
それから、ゆっくり座り込んだ。
膝に手をついて、地面を見たまま、彼は言った。
「――私は、あの日、あなたを笑いました」
脈絡が無いように聞こえて、たぶん、いちばん筋の通った返事だった。
正しい一行が、入口に置かれると門になります。
門は、開けるためにも、閉めるためにも使えます。




