第72話 判断を、仰がれている
書きつけは、その日のうちに写された。
ノクスの仕事は速い。
夕方には、同じ形の紙が机の上に七枚並んでいた。
「全部、別の国のものです」
彼は順に指した。
「北の内陸。南の港。西の三つは、同じ様式を使い回してます。あと二枚は、写しの写し」
「よく集まったな」
「集まったんじゃなくて、元からありました」
ノクスは、肩をすくめた。
「探せば出てくる、というのは、そういう意味です」
同じ欄
俺は、七枚を並べ直した。
書式は、少しずつ違う。
紙の質も、罫線の太さも、欄の並びも。
でも、下から二つ目の欄は、全部同じだった。
通界の判断を仰ぐ。
刷ってある。
手書きではない。最初から、その一行が入った紙として作られている。
(……刷ってあるのか)
手書きなら、書いた人間がいる。
刷ってあるなら、書いた人間はもういない。仕組みだけが残っている。
「これ、いつから」
「さあ」
ノクスは、指で紙の縁をなぞった。
「刷りの傷から見ると、川港を広げたあたりですね」
俺は、口の中で数えかけて、やめた。
どのくらい前かは、この際どうでもいい。
問題は、その間ずっと、俺が知らなかったことだ。
外側から見る
「よろしいですか」
声がした。
リディアだった。
肩書きを置いてから、この人は書類を運ぶのが速くなった。役職があると、人は運ぶ前に確認するからだ。
「一つだけ、外側の言い方をします」
「頼む」
彼女は、七枚のうち一枚を手に取った。
「この欄がある書類は、通界に送る前の段階で止まります」
「止まる?」
「はい。役所は、判断を仰ぐと書いてある案件を、自分で決めません」
俺は少し考えた。
「……仰いでない状態で、止まってるのか」
「止まっています」
リディアは、はっきりと言った。
「返事が来るまで、その子どもの扱いは決まりません。学校にも入れず、仕事にも就けず、名簿にも載りません」
「何人」
「分かりません」
彼女は、そこで初めて目を伏せた。
「載らない人間は、数えられませんので」
その言い方は静かだった。
静かな言い方をする人は、大抵、前に自分がその紙を作る側にいた人だ。
断るという道
「断ればいい」
フレイが、壁の方から言った。
「うちは判断しない。以上」
「そう書いて返すと」
リディアが、即座に応じた。
「その子たちの扱いは、各国の役所に戻ります」
「戻ればいい」
「戻った先には、基準がありません」
一拍。
「今までは、“通界に聞く”という逃げ道があったので、誰も基準を作らずに済みました」
フレイの眉が動いた。
「……押し付けられてるじゃないか」
「押し付けられています」
リディアは、否定しなかった。
「ただし、こちらが先に、便利な場所になりました」
決められない側
俺は、七枚の紙を見ていた。
悪意は、ここにも無い。
どこの役所も、困った末にこの欄を作った。困った末の解決は、大抵いちばん近い誰かに寄りかかる形になる。
寄りかかられている側は、動けない。
「じゃあ、返事を書くとする」
俺は言ってみた。
「この子は受け入れます、って」
「はい」
「そしたら、どうなる」
リディアは、少しだけ間を置いた。
「次から、通界が“受け入れた例”になります」
「例」
「前例です」
彼女は、静かに続けた。
「役所は、前例で動きます。同じ形の案件は、全部こちらへ回ってくるようになります」
「断ったら」
「断った前例になります。以後、同じ形の子は、どこにも行けなくなります」
どちらでも、決めることになる。
決めた瞬間に、俺は基準になる。
(……これ)
あの日、学園長が水晶を見下ろして、俺を見た時と、立ち位置が逆だ。
あのときは俺が、測られていた。
今は俺の返事が、誰かの一生を決める側にある。
「リクスさん」
リディアが、書類を揃えて言った。
「王位の話と、これは別です」
「……分かってる」
「いいえ」
彼女は、めずらしくはっきりと首を振った。
「分かっていたら、この欄は、もっと早く見つかっていました」
権力は、名乗った時ではなく、誰かが待ちはじめた時にできあがります。




