第71話 測れませんでした、と書いてある
その荷は、朝いちばんの船で来た。
正確には荷ではない。
荷の間に、座っていた。
「リクスさん」
管理所の青年が、珍しく判を持たずに走ってきた。
「あの、来ちゃいまして」
「何が」
「子どもです」
(何が来たって?)
甲板
船に上がると、船長が困り果てた顔で待っていた。
「乗せろって言われたんだよ」
言い訳から入るあたり、たぶん本当だ。
「金は前払いで、往復ぶん。書きつけも一緒だ」
「書きつけ?」
「そこの荷の上」
示された樽の上に、紙が一枚、石で押さえてあった。
そして、その隣に、子どもが座っていた。
十歳くらいだろうか。
髪は短くて、色は薄い。膝を抱えて、船縁の外を見ている。
俺が近づいても、逃げなかった。
怖がってもいない。ただ、こちらを一度見て、また外を見た。
外には、何も無い。水と、空だけだ。
――その、何も無い方をずっと見ている顔に、少し覚えがあった。
どこで見たかは、すぐに思い出せなかった。
書きつけ
俺は紙を取った。様式だった。
罫線が真っ直ぐで、欄の並びに迷いが無い。
(……またこれか)
港で見たものと、同じ形をしていた。
上から順に、埋まっている。
氏名。
――シア。
年齢。
――十、または十一。
出身。
――町の名前が、一つ。俺は聞いたことが無かった。
そして。
《魔力測定》結果。
その欄には数字が、入っていなかった。
代わりに、一行が、書いてあった。
私の道具では、測れませんでした。
俺は、そこで手を止めた。
字は丁寧だった。
震えてもいない。老いた人の字だ。
言い訳の書き方を知っている人間の字ではない。
言い訳をしないと決めた人間の字だった。
署名の欄には名前が無い。
職名だけが書いてある。
――測定官。
備考
「……なあ」
俺は、船長に聞いた。
「この子、何かした?」
「何も」
船長は即答した。
「二日、そこに座ってた。飯は食う。よく寝る。手はかからん」
「それで、なんで困ってるんだ」
船長は、言いにくそうに頭を掻いた。
「途中の港で、揉めてな」
「揉めた?」
「検査の水晶が、割れた」
俺は顔を上げた。
子どもは、まだ外を見ている。
「触ってない。近くにいただけだ。俺は見てた」
船長は、そこだけは強く言った。
「役人は、この子のせいだと言った。俺は違うと思う。だが、証明できん」
できない。
それはそうだ。何も起きていないことを証明する方法は、無い。
俺は、紙の一番下に目を落とした。
備考欄があった。
そこにも、数字ではなく文字が入っていた。
通界の判断を仰ぐ。
その一行だけ、字が違った。
役所の字だ。
受け取る、の意味
管理所に戻ると、アクアがもう来ていた。話は伝わっている。この街の情報は、俺より速く歩く。
「拝見しました」
彼女は、書きつけを二度読んで、静かに閉じた。
「受け入れの費用は、出せます」
(早い)
「宿でも、部屋でも、食事でも。十年ぶんでも構いません。うちの帳簿は、それくらいでは揺れません」
「じゃあ」
「ただ」
アクアは、そこで顔を上げた。
珍しく、即答ではなかった。
「誰が、“受け入れる”と決めるんですか」
俺は、言葉に詰まった。
「俺が」
「はい」
彼女は頷いた。
「では、断ることも、リクスさんが決めるんですね」
港の音が、また少し遠くなった。
断る、という言葉は、考えたことも無かった。
考えたことが無い、ということは、断れる立場に自分がいると認めていない、ということだ。
でも、この紙は、そう書いていない。
通界の判断を仰ぐ。
(……判断)
俺は、いつのまにか、判断する側にされていた。
王にはならないと言った。
命令も、徴税も、徴兵もしないと言った。
そこには、これが入っていなかった。
第60話でリクスが断ったのは「王位」でした。
断りそこねたものが、一つあります。




