第69話 押さない魔法の、十八の手順
見に行く、と言ったら、ルーカスは少しだけ嫌そうな顔をした。
「……見ますか」
「見る」
「今日でなくても」
「今日がいい」
彼は観念して、案内を始めた。
場所は、街外れの空き地だった。
建物ではない。屋根も無い。地面に線が引いてあるだけの、練習場ですらない場所。
(……いい場所だな)
結界が無い。
押さえつけるものが、何も無い。
十二人
集まっていたのは、十二人だった。
年はばらばらだ。
俺と同じくらいの奴もいれば、明らかに港で働いている中年もいる。いちばん小さいのは、たぶん十歳くらい。
全員が、手に紙を持っていた。
「あ」
誰かが、俺に気づいた。
空気が、一瞬で変わる。
「本人だ」
「本人が来た」
「見に来たって」
(見に来ただけなんだけどな)
「静かに」
ルーカスが、静かに言った。
全員が、素直に黙った。
このあたりで俺は、彼が「教える側」としてちゃんと立っているのだと理解した。
「今日は、第七項からです」
順番
彼らは紙を開いた。
俺の位置からでも、番号が振ってあるのが見えた。
一、二、三――ずっと下まで続いている。
「息を吐く」
ルーカスの声に合わせて、十二人が息を吐いた。
「肩を落とす」
落ちる。
「胸に集めない」
集めない、というのがどういう動作なのかは分からないが、全員が同じ顔をした。
「出口を、決める」
手のひらが前に向く。
「押さない」
――そこで、少しだけ空気が動いた。
小さな火が十二個。
全部、同じ大きさだった。
「……揃ってる」
俺は、思わず呟いた。
揃っている。
どれも、詠唱していない。どれも震えていない。
学園の実技場で、汗だくで膝に手をついていた連中を思い出す。あの頃より、明らかに楽そうだ。
できている。
――できている、のに。
(……ん?)
見えているもの
俺は、少し近づいた。
港で働いているらしい中年の男が、じっと手のひらを見ている。
火は、消えない。ちゃんと保っている。
でも。
彼の肩は、下がっていない。
いや、形としては、下がっている。指示どおりに下げている。
その下で、力が、入ったままだ。
(……我慢してる)
押していない。
押していないが、押したいのを止めている。
それは、通っているのとは違う。
水路の話をすればいい、と思った。
詰まりを抜くのと、指で押さえて水を止めるのは、外から見ると同じくらい静かだ。
でも、片方は流れていて、片方は溜まっている。
溜まっているものは、いつか、どこかで出る。
言えなかった
「どうです」
ルーカスが、隣に来て聞いた。
誇っている顔ではない。
答えを求めている顔だ。
「……できてるな」
「はい」
「でも」
俺は、そこで止まった。
言葉が無い。
「通ってない」と言えば済む。
済むが、言われた側は何をどう直せばいいのか分からない。俺だってもし逆の立場なら、「じゃあどうすれば」と聞き返す。
そして俺は、その答えを持っていない。
(……あ、これ)
初めて気づいた。
俺はこれを一度も、習っていない。
習っていないものは、教え方も知らない。
「リクスさん」
ルーカスの声が、少し硬くなった。
「できているのに、駄目なんですか」
十二人が、こちらを見ている。
悪い目ではない。期待の目だ。
その方がよほど重い。
「……駄目じゃない」
俺は、そう言うしかなかった。
「駄目じゃないが」
言葉を探す。
探している時間が、そのまま答えになってしまう。
「……いや」
結局、俺は首を振った。
「悪い。うまく言えない」
ルーカスは何も言わなかった。
責める顔でもなかった。
ただ、ほんの少しだけ、安心した顔をした気がした。
なぜ安心されたのかが分からないまま、俺は空き地を出た。
できているのに違う、という指摘は、いちばん嫌われるやつです。
本人にその理由が言えないなら、なおさら。




