第65話 閑話 ゼロと告げた手
本編第1話で、リクスに「魔力ゼロ」と告げた測定官の、その後の話です。
本編の時間軸から少しだけ先、通界式が世に広がりはじめた頃。
私は、人の手のひらに数字を見る仕事をしている。
《魔力測定》。
五歳の子どもの手を水晶に乗せ、滲み出る光の量を読む。
その数字で、その子の一生のおおよそが決まる。
残酷だと言われたことは、一度もない。みんな、それを正しいと信じているからだ。
私も、信じていた。
あの少年のことを、よく覚えている。
水晶が、うんともすんとも言わなかった。
二十名連続で正常に反応していた水晶が、その手のひらにだけ、何も返さなかった。
「……やはり、ゼロです」
私は、そう告げた。
仕事として、正確に。震える声を抑えて、できるだけ事務的に。
あの時の、自分の手のことを、今でも思い出す。
水晶の上で、少年の手と、私の指先が、ほんの少しだけ触れた。
冷たくも、熱くもなかった。ただ――軽かった。
まるで、そこに測るべきものなど最初から無かったかのように。
私は「ゼロ」と読んだ。
間違ってはいない。私の物差しでは、確かにゼロだった。
――それから、何年が過ぎただろう。
通界、という名前を、最初は商人の噂で聞いた。
次に、子どもの教科書で見た。
今では、私の住む辺鄙な町の市場にも、通界式の帳簿が当たり前のように並んでいる。
誰も命令していない。
誰も攻めてこない。
それなのに、世界の真ん中が、いつのまにか一人の少年の方を向いている。
名を、リクス・フェルドという。
私は、その名を紙の上で見た瞬間、手が止まった。
(あの、ゼロの子だ)
馬鹿な、と思った。
あの日、私が測ったのは、何も持たない子どもだったはずだ。
私の水晶は、確かに何も返さなかった。
――いや。
返さなかったのではない。
私の水晶では、測れなかったのだ。
押し出される光を数えることしか、私の道具は知らなかった。
“押さずに、ただ通っていくもの”を、私は測る術を持たなかった。
ゼロ、というのは。
あの子が無かったのではなく、私の物差しが届かなかった、という意味だったのだ。
私はこの歳になって、自分の仕事を初めて疑った。
怖くはなかった。
不思議と、少しだけ――嬉しかった。
あの日、私の前に立っていたのは、「人生が終わった子」ではなかった。
私の数字が、追いつけなかっただけの子だった。
今日も、見学席のどこかで、水晶が沈黙する子がいるかもしれない。
その時、私はもう「ゼロです」とは言わない。
「私の道具では、測れませんでした」と言おうと思う。
それが、あの軽かった手のひらに、私が今からでも返せる、たった一つの訂正だ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
本編・番外編ともども、リクスたちの物語を楽しんでいただけていれば幸いです。
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