第64話 番外編 風と、約束未満
完結まで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
本編のその後、ほんの少しだけ。リクスとセレナの、何でもない一日です。
通界が「街」と呼ばれていた頃のことを、もう誰も覚えていない。
今では地図に名前が載り、よその国から人が流れ込み、僕の知らない通りが勝手に増えていく。
便利になったな、と思う。
(便利、で済ませるには大きくなりすぎた気もするけど)
僕は今日も、誰にも気づかれないように、街の外れの丘へ歩いていた。
ここは、まだ何も整っていない。
草と、風と、遠くの輪郭だけがある。
「――やっぱり、ここにいた」
声の方を見ると、セレナが立っていた。
風属性の術士。最初に出会った頃と同じ、遠慮がちな立ち方で。
「探した?」
「探してないです」
(即答だ)
「……少しだけ、探しました」
(訂正された)
セレナは僕の隣まで来て、同じ景色を見た。
風が、彼女の髪を一度だけさらっていく。
「リクスさん」
「うん」
「この街、もう“遠く”じゃなくなりましたね」
その言い方に、覚えがあった。
いつだったか、学園の塔の上で、彼女は「一緒に遠くに行きたい」と言った。
あの時の“遠く”が、今は足元にある。
「近くなったら、つまらない?」
僕が聞くと、セレナは少し笑った。
「いいえ」
風がやむ。
「“次の遠く”を、探せばいいだけですから」
(理論家っぽい答えだ)
彼女は理論家で、僕は面倒くさがりで、だから相性が悪いはずなのに、
なぜか並んで立っていると、世界の端っこが少しだけ静かになる。
「じゃあ」
僕は丘の先を指した。
まだ名前のない方角。
「あっちは?」
セレナは目を細めて、それから、はっきりと頷いた。
「行きましょう」
約束ではない。
告白でもない。
(たぶん、まだ)
でも、風の向きは決まった。
それで、今日は十分だった。
お読みいただきありがとうございました。
次の投稿は「閑話」――あの日、リクスに「魔力ゼロ」と告げた人の話です。
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