第五十話 エンダーズ
さらに進むと地下とは思えない明るさになる。
もはや家電量販店の照明器具売り場レベル。周囲の壁が白いので眩しいくらいだ。
そして魔素も桁違いに増えている。
「みんな、気分は大丈夫か?」
魔素酔いしかねない濃度だ。〈探知〉の反応が鈍い。飽和状態だろう。先行するジュヌヴィエーヴが歩き難そうだ。ちょうど猫が濡れた地面を嫌がるような足取りで、しょっちゅう立ち止まる。
「壁が、柔らかいです」
雨宮に言われて壁を触る。押すとゆっくり凹む、というか動く。これは柔らかいんじゃなく不確かな手触りという感じだ。実体があるのか微妙な感触。もしかすると洞窟構造が上手く固定されていないのかな。不安定で何とも頼りない。
「おとうさん、トンネルが終わるよ」
「ようやくか」
トンネルの先には大きな球状空洞があった。ちょうど丸フラスコの首を通って底の部分に入ったことになる。文字通りの最深部だ。
膨大な光に満ちた世界だった。この白い光は魔素そのものだ。剥き出しの魔素の渦だった。
「直視はキツイですね」
雨宮がナイトグラスを着ける。沙羅もどこから出したのかごつい耐光ゴーグルを装着している。俺とはななは〈明視〉で眩しさはない。明暗にかかわらず対象を視認できるスキルなのだ。ジュヌヴィエーヴは糸目で。猫シンプル。
球状空間の直径はおよそ三十メートルか。
中心部は一際明るい、というかどんどん光が増している。実体のない光の棘が成長し全方位に伸びていく。
「育ってるよー」
「のんびり眺めてるわけにはいかないみたいだね」
圧倒する光だけでなく、何やら魅惑的な力に満ちている。惹き付けられるのだ。異能をもたらす根源の力。これが夜の炎に近付く羽虫の気持ちだろうか。
大量の魔素により体内に宿るスキルが強化されるのを感じる。力が漲ってくる。
「ここには意思がありますね。力だけはありません。それを広げようとする、遍く行き渡らせようとする、雄大で穏やかな意志が」
俺たちの中で一番エクセキュートスキルに馴染んでいるだろう沙羅。そして俺も同じことを感じていた。それが理解できるようになっていた。
「ダンジョンはこの世界に対して害意があるわけじゃないんだな。ただこちら側に染み出すみたいに領域を広げている」
「あくまで自然な摂理なんでしょうね。水が流れ落ちるように当たり前のこととして」
「それを阻止しようとするこちらの世界の意志のほうが容赦ないな」
防御側としては当然かも知れないが。
「侵食してくる魔素を利用して、スキル、モンスター、アイテムや鉱物資源を提供してまで人間を巻き込もうとしています」
「そこまでするくらいなら自分で動けばいいのに。まどろっこしい。正にこのタイミングで俺たちが揃わなければ間に合わなかったんじゃないか?」
「たまたまこうなったのか、それともこれが想定通りかは、わたしたちには分かりませんよ」
「人による解釈と評価があるだけで、偶然か必然かも不明。神様の遣り口らしくはあるけどな」
ここは美しい女神でも現れて丁寧に説明して欲しいところだ。解説担当が女子中学生とか。投げっ放しにも程がある。
それでも、異世界との雌雄を決する戦い、生存を賭けた死闘じゃなくてよかったよ。単に服が濡れたから慌てて乾かす、みたいな事だった。
「ならこいつの始末も、抵抗されたり攻撃されたりしないってことか。殺すというより処置する感じか」
「楽観はどうでしょう。思わぬダンジョンの変化に巻き込まれるかもしれませんし」
それは怖いな。
はななに袖を引かれる。
「おとうさん。なんか光がパンパンになってる」
確かに臨界突破しそうな圧力だ。肌がピリピリする。かつてない膨大な量の魔素を、ここから世界に放出しようとしている。
「スキルに力が流れ込んで破裂しそうです。苦しくなってきました」
雨宮が両手を見てにぎにぎする。疼いてる疼いてる。
ジュヌヴィエーヴも落ち着かないようだ。毛が逆立ち、尻尾が極限まで太くなっている。
「それじゃあ、はなな。やり方分かるかい」
「だいじょうぶ。できる気がする。ワンパンで」
それはちょっと、どうだろう。
「じゃお願い」
はななが深呼吸。
背伸びするように両手を伸ばし、掌を光の渦の中心に向ける。手指が赤く透けて見える。
「わがてに集え。ダンジョンの心よ、ダンジョンの夢よ、ダンジョンの命よ」
そのセリフは考えておいたのかな。
両手を戻し、鳩尾の前で握り締めた右拳を、真上に向けて勢いよく放つ。
はいはいワンパンワンパン。
「いざカタチをなせ、〈凝命〉!」
ぐにゃりと視界が歪み、一気に光が凝集する。
全方位から強風をぶつけられたような衝撃がある。
球状空間の中心に強烈な青い光点が現れ、溢れた光が収まると、直径三メートルを超える輝く巨大結晶が生成されていた。ほんの数秒間の出来事だった。
これがエクセキュートスキル〈凝命〉か。
「はなな大丈夫? 疲れてないかい」
「へーき、へーき」
はななは得意顔で中空の青い巨大結晶を指差す。
「ほら、おとうさん」
「ほいきた」
俺はバールを置いて、コアスキル〈変位〉を発動。中空に浮かぶ巨大結晶に取り付く。
表面に触れると、これが魔素核であり、超特大のダンジョンコアでもあるのが分かる。結晶にされたことが不満なのか、低い唸り声に似た響きが伝わってくる。
そして思念となって無数のスキルリストが現れる。
あたかも全てのスキルを網羅するかのようだ。初見のものがほとんどだった。今更スキルを増やしてもダンジョンのない世界では無用だが、この後の脱出に使えるものを選んで取得する。
通常のダンジョンコアと違い、スキルを一つ吸収しただけでは消えない。消えてくれない。〈凝命〉で作った魔素核だからかな。
俺は結晶の上で立ち上がる。
まるで曲芸の玉乗りのように。星の王子さまの挿画のように。
周囲から光が消え、闇が覆い、深度のある星空に似た光景が現れる。
そのまま脳内を無数のイメージが駆け巡る。結晶の転移先、封印先の候補が現れているのだ。
わが家の庭から異星の地平線、そして遥か宇宙の果てまで。
これは〈移空〉スキルを持つ者のみが見る光景だった。
人類とは違う文明も見える。それも一つや二つではない、数多の奇妙な世界が。そこが異次元なのか、この宇宙の何処かなのかも分からない。この中にダンジョンの故郷があるのかも知れないが、とても判別できない。
近所に捨てるのは論外。地球近傍もダメ。他の世界に押し付けるのも気の毒だ。どこかの恒星に落とすのはどうだろうか。けれど魔素の塊がどんな反応をするか分からない。吹き散らされても困る。最遠の宇宙空間にするか。いっそのことブラックホールに捨てるか。それがよさそうだ。
転送可能な幾つかの暗黒の底、なるべく大きい穴に放り込んでしまおう。これが最善かは分からないが、俺に思い付ける方法はこんなものだ。穴は穴に。
「みんな! もとの重力が戻るかも知れないから注意! 防御スキルも使って!」
「「「「らじゃ!」」」にょ」
俺は両掌でしっかりと魔素核に触れ、エクセキュートスキルを発動する。
これは時空の果てに捨て去る力。
「さよならダンジョン。〈移空〉!」
一瞬で魔素核が消滅。
重力が正常に戻り、バランスを崩した皆が落下する。入口の反対側に向けて。本来の底へと。
俺は〈遅延〉を全員に掛けて落下を和らげる。
ゆっくりと着地する。
回転しながら落ちて来る出番のなかったバールをキャッチ。
「終わったよ。怪我はないかい」
「平気だよー」
グ〇コポーズのはなな。
「お、同じくです」
ずれた魔女帽を直す沙羅。
「ぅおえっぷ。ダメかも」
魔素酔いしたらしい青い顔の雨宮。電気槍を杖代わりにどうにか立っている。
余裕の大欠伸をするジュヌヴィエーヴ。
球状空洞は眩しさを失い、弱い燐光を放つだけになっていた。魔素もほとんど消えている。
「帰るよ。全員集まって。新しいスキルを使うから俺の腕につかまって」
ジュヌヴィエーヴを抱え上げた俺の両肘にはななと沙羅がつかまる。あぶれた雨宮は前から腰にしっかり抱き着く。お前は体重掛け過ぎだ。
「行くよ。〈転移〉!」
魔素の残滓を消費して魔素核から得たスキルが発動。
俺たちは最後のダンジョンの入り口に戻っていた。




