第五十一話 夏休みのおわり
最後のダンジョンが消え去ると、そのままわが家で打ち上げとなった。
バックパックに入れたままだったシンプル過ぎるサンドイッチをスタッフで美味しく平らげてから、さらにデリバリーサービスを頼んでご馳走を囲んだ。庶民派サービスではなく、沙羅が教えてくれた高級デリバリーだ。俺はその存在すら知らなかったよ。おもちゃ付きの猫用メニューまであるとは。
フルーティーな風味のクラフトビールを皆から注がれてご機嫌なお父さんだった。その後は女子会じみたデザートタイムへ。
ミドルサーティー男、ウクレレ女児、コス魔女中学生、熟女猫、アラハタ透明人間。こんなチームでダンジョンの全てを終わらせたことにまるで実感がない。人類全体に関わる案件なのに、あまりにローカル過ぎる最終探索だった。この顛末が世間に知られることはないのだろうけれど。
その日、全世界のダンジョンが一斉に活動を停止し、縮退を始めた。
何事もなく消滅し痕跡すら残さなかったダンジョンがほとんどだが、深刻な周辺環境破壊を引き起こしたものもあった。何故そうなったかは不明。国家も団体も個人も、様々な形でダンジョンを利用していたから、公にできない事実もあるのだろう。真相究明は難しそうだ。
ダンジョン関係者は大混乱だったが、そうでない人たちには以前の世界が戻っただけのことだった。完全に元通りにはならないにしても。
ダンジョンスキルの保有者はその力を揮う場を失い、研究者は新しいダンジョン素材の供給を断たれた。関連事業も徐々に清算されていくのかも知れない。
メディアでは有識者たちが、原因は不明ながら、これまでダンジョンを維持してきたリソースが枯渇したのではと発言していて、これが一般にも受け入れられつつあるようだ。つまり自然消滅である。確かに最も納得しやすい説だろう。
ネットでは、正体不明の神話級冒険者パーティーが世界の中心のダンジョンを踏破し、全ダンジョンを支配していた統合ダンジョンマスターを屠ったから、というのが定番ネタとなっている。
冒険者じゃなくてダンジョン探索者だけどな。
妄想全開ながらファンタジー勢は意外と核心を突いているようだ。やっぱりラスボスが大好きなんだな。
俺たち〈エンダーズ〉にも、ダンジョンのない日常が戻った。
俺は元の仕事に専念。はななは普通の小学生に。沙羅も新学期から障がいのない中学生として通学する準備をしている。猫のジュヌヴィエーヴは相変わらず気ままな毎日だ。
雨宮は大学を目指すそうだ。学費生活費はダンジョン探索の稼ぎで、というか俺たちと一緒に得た魔石やドロップアイテムの分け前で、当座は賄えるそうだ。
桜堤ダンジョンを殺して一区切りついたつもりでいた俺とはななだが、全ダンジョンの消滅を実感したことで、思いがけず心が晴れていた。敵討ちで一族郎党皆殺しにした感じだろうか。たぶんちょっと違うけれど。
地球上の全てのダンジョンが消滅したはずだったが例外もある。
沙羅の家にある小さなダンジョンはそのままだ。
不活性な状態だったせいなのか、あの時の魔素核生成の余波からも絶縁されていたらしい。今はワインセラーの奥の地下倉庫に過ぎないが、何とも不安な置き土産である。
そして俺とはななのスキル。
未だに消えていない。威力は大幅に低下しているが確かに発動するのだ。特に〈御動〉などは、放出系のスキルではないからかそれなりの強度がある。異能バトルの主人公が余裕で務まる程度には。
これがコアスキルを過剰に取得したせいなのか、高密度高濃度の魔素に曝された影響なのか、環境に未だ魔素が残留しているからか、または何らかの意志によるものなのかは分からない。
今もスキルの発動を実感しているのは俺とはなな、沙羅と、おそらくジュヌヴィエーヴだ。雨宮にもそれとなく確かめたが発動できないようだった。
もしかすると、保険としてエクセキュートスキルが残されているのかも知れない。次回があるなんて考えたくもないが。あるとしても数万年後とかにしてもらいたい。
〈いまおわ ラストにんぎょ すいすい〉
はななのメッセージ。
夏休み最後のプール授業が無事終わったようだ。
〈水分補給よろ 道草げんきん〉
〈おとうさん かわいそ プールなし〉
〈水着ないし〉
そういえば雨宮に誘われてたっけ、スポーツクラブのプール。すっかり忘れていた。三十五歳の夏が過ぎてしまう。まあ、おっさんの夏に価値などないしな。夏なんて似合わないのだ。え、本気にしたんですか、と雨宮に鼻で笑われるだろう。
〈日焼け こげこげ〉
〈麦茶 冷えてます〉
〈秋田ー〉
〈それなー〉
小学生の夏休みが終わっていく。
おっさんの夏は、とうに終わっている。
この夏、ダンジョンは消え去った。
ようやく妻への手向けができた。
小さな家に平和な庭が戻ってきた。
はななが泳げるようになった。
俺の仕事はぼちぼち。
ただそれだけの夏だった。
ただそれだけでいいのだ。
お読みいただきありがとうございます。
これにて完結となります。
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