第四十九話 ラストダンジョン
〈きんきゅーアラート〉
〈きんきゅーアラート〉
〈これはダンジョン警報です〉
〈訓練にあらず〉
〈訓練にあらず〉
〈これはダンジョン警報です〉
沙羅からメッセージ。
JECA本部での聴取から三日経っていた。いよいよ来るのか。
〈おはよう 生まれそうか〉
〈おはです お昼前くらいな 感じです〉
〈おけ スタンバる〉
〈沙羅ちゃんもくるよね〉
〈はいですよ はななちゃん〉
〈私もです 三人娘集合ですね〉
〈雨宮は自重すべし てか無理すんな〉
〈サポートいるでしょ〉
〈猫の手は借りてあるから〉
〈ジュヌヴィエーヴちゃんは呼ばれてるっ〉
〈まあ留守番ならいいぞ〉
〈私おかあさんポジですかー〉
弁当にスライスハムとチーズのサンドイッチを作る。素っ気ないがバラける系の具材は避ける。フルーツとドリンクも用意。長丁場にはならないはずだが備えとして。すっかりおかん化してる自覚はある。片親だから仕方ないのだ。
ランチボックスの準備ができると魔女コスの沙羅が来た。暑くないのかな。今日も晴れまくりで真夏日になると思うけど。
「ジュヌヴィエーヴちゃんは?」
「あとから来ますよ。あのコなら」
はななに笑顔で返事しながらエアコンの真ん前に移動する沙羅。やっぱり暑いんだな。
「お待たせしました」
雨宮もタクシーで到着。いつもの探索者装備だ。ブーツにカーゴパンツ、アーミーシャツにフードジャケット、そして電気槍とバックパック。こっちも暑そうだけど、ダンジョン内なら問題ない。
「雨宮。今日は何が起きるか分からないよ」
「覚悟の上です」
「今回はご近所の奉仕活動みたいなもんなのに」
「ギリご近所なので。それにもし迷路ダンジョンだったら私がいないと難儀しますよ」
「生まれたては構造が単純だから」
「空気の読める透明人間はいかがですか。いつでも一肌脱げます」
「KYキャラを貫いていいんだよ。自分を大切にな」
「園先さんに大切にして欲しいのに」
「おとうさん、おねえさんをいじめちゃダメ」
「はななちゃーん」
「娘にすり寄るな」
リラックス待機の俺たちだったが、ふと妙な感覚に襲われる。身に宿したスキルがざわつくような、未知の何かと共鳴して活性化するような、どうにも落ち着かない感覚だ。
とうとうその時が来たようだ。
「これは……」
「きますね」
沙羅が魔女帽を被り直して立ち上がる。
すでにダンジョンを呼び込むスキル〈洞開〉は発動済みだ。この世界で次に発生するダンジョンが、うちの庭に召喚されることになる。
そして今回のダンジョンは特別であり、地球を侵食している一連の現象の要、つまりはボスダンジョンである。
「なんか、この体が熱い感じは只事じゃないですよ」
雨宮も真剣な顔で俺を見る。取り込んだスキルが警報を発しているのかも。
「なぐります。とりま」
「どうせやることは変わらない。心配ないよ、雨宮」
はななは平常運転。俺もだらだらとダンジョンに関わるのは御免なので今日で終わりにしたい。けりを付ける。必ず始末する。
バールを手に、バックパックを背に。
はななはウクレレケースを。
これで準備万端。
そして猫のジュヌヴィエーヴもふらりと現れた。流石だな。
「ではこれより、庭先ダンジョン最終探索を決行いたします」
「さんかメンバーはおとうさんとわたし、沙羅ちゃん、董子おねえさん、ジュヌヴィエーヴちゃんの五名さまです」
「各自安全に心がけて。探索開始日時は八月十一日木曜日十時五十二分。いざ〈エンダーズ〉出発!」
「「「らじゃ!」」」「にゃっ」
庭の芝生のど真ん中にダンジョンの入り口が出現していた。
直径約三メートルの楕円形。傾斜はキツめだが床面は階段状になっている。壁面は出っ張りもなく滑らかだ。
「足を滑らせて底までご案内されないようにな」
「なんか光ってるよ、おとうさん」
日差しが強くて気付きにくいが、確かにダンジョン深層でしか見られない壁面の発光があるようだ。ここは既に深層扱いなのかも。いきなり強い魔物が現れるかも知れない。
「油断しないでね。俺、はなな、沙羅ちゃん、雨宮の順で行くよ。ジュヌヴィエーヴは遊撃な」
マイペースの猫様は好きに動いてくれ。
「重ね掛けできる防御系スキルは全て使って。行くよ!」
ヘッドガードのライトを点灯。俺とはななは〈明視〉スキルがあるけれど、沙羅と雨宮にとっては薄暗いだろう。
傾斜を慎重に下り、水平に伸びる通路に入る。〈探知〉を全方位展開して進む。
「なんか、すごくはっきりしてる」
「〈探知〉の感度が凄いな。それだけ魔素が濃いみたいだね」
ほぼ直線の通路だ。今のところ魔物の気配はない。奥に進むほど発光が強くなる。すぐにライトが要らなくなりそうだ。むしろ眩しくて困るかも知れない。
「まるで石英のトンネルみたいですね」
「半透明できれいです」
壁も床もライトの光を柔らかく拡散している。
何だろう。違和感がある。
急に〈探知〉の反応が不確かになった。地に足が着かないような、両足に体重が乗らないような、奇妙な浮遊感がある。
「これは、思ったより……」
「どうしました?」
「いや……」
「トンネルが長いよー」
「生まれたてにしては大きいな。通路もまだ続く……みたいだ」
一本道が延々と。でもちょっと長すぎないか。
「おとうさん。ジュヌヴィエーヴちゃんが」
「なっ!?」
仰天!
猫が壁を歩いていた。壁面に垂直に立ってる状態だ。何のスキルだよこれ。猫忍者か。
いや違うな。これはもしかして。
「うそ。おとうさんまで……」
試してみたら俺にもできた。
壁に立って歩く。ひょいひょい歩く。
これなら天井も歩ける。その誘惑に抗えない。
俺は百八十度回転して頭を下にする。でも頭に血が上ったりはしない。楽しい。
「やっほー」
「ど……どういうことです?」
「重力の悪戯みたいだ。この通路、横じゃなくて下に向かってるんだよ」
俺たちは真下へと潜っていたのだ。平行にではなく垂直に下っていた。〈探知〉の感覚と意識とのズレが違和感になっていた。とはいえ重力が全方位に働いているのではなく、認識次第で上下が決まるらしい。なんと滅茶苦茶な。
はななが壁から天井をぐるりと螺旋に走る。まあやりたくなる気持ちは分かる。
「おおおおおおちついてくださいいい」
「だいじょうぶだよ、沙羅ちゃん。ほらほら、面白いよー」
常識が邪魔すると難しい。壁登りのつもりだと体が勝手に傾いでしまう。壁に飛び降りる、天井に飛び降りるつもりで。変に考え過ぎるとバランスが保てない。
「できましたよ、おとうさん。楽しいです」
おとうさんと呼ぶな、逆さ雨宮。
はななは回転走りのまま。沙羅はまだおっかなびっくりだ。ジュヌヴィエーヴは天井に寝そべって毛繕いしている。
「遊んでないで前進。置いてくよ」
最初に遊んだのは俺ですね。




