第四十七話 覚悟
ひとまず回答は保留にしてわが家に戻る。
冷房を効かせた小さな居間、麦茶を飲んで一息つく。さすが猛暑日。向かいの屋敷から戻っただけで汗をかく。
「沙羅ちゃん大人でびっくりしたー」
「難しい年頃だったね」
本当に難しい。熱き中二への誘いが。
「沙羅さんが召喚したダンジョンで、園先さんたちはスキルを得ていたんですね」
「そうなるね。今日まで知らなかったけど」
「やりおるの、沙羅ちゃん」
変な影響受けないでね。若いと色々共鳴しちゃうから。
「ほとんどは魔物もいない一本道の生まれたてダンジョンだったけどね」
「さっきの沙羅さんのお話についてはどうですか? 私には荒唐無稽でしたが」
「俺は桜堤ダンジョンのことしか考えてなかったんだよ。正直ダンジョンの成り立ちとか、存在する意味とか、どうでもよかった」
「それは私もです」
俺はテーブルに並べた二つの結晶を指差す。見た目では区別がつかない。
「これが〈凝命〉、こっちが〈移空〉。どちらもエクセキュートスキル」
「結局スキルを取得してみないと、あのお話は理解できないってことですよね」
「沙羅ちゃんが言うには、そうだね」
〈洞開〉、〈凝命〉、〈移空〉。
この三つのエクセキュートスキルを順次使うことで、この世界に現れたダンジョンを全て始末できるらしいのだ。
組み合わせ必殺技感が凄い。
これを取得してしまえば後戻りできないだろう。
俺とはななは、二人だけで桜堤ダンジョンを消滅させるのが目的だった。雨宮に相乗りされて家族だけでの敵討ちは為らなかったが、結局大きく助けられたから感謝もしている。
沙羅も桜堤ダンジョンにより、脚の怪我だけじゃなく、何かを失っているんだろう。家族との関係とか。
そして、ダンジョンを呼び込むエクセキュートスキル〈洞開〉を得たことで、桜堤ダンジョンの消滅という希望を持つようになり、さらにその先、全てのダンジョンを消し去ろうとしている。
それを実行する方法を知っているようだ。
俺たちならそれができることも。
「知れば戻れない」
「でも、知らなければ判断できませんしね」
思わぬ展開に。本音では他の誰かに代わって欲しいところだ。
「知りたいなー」
「いいのか、はなな。始めたら途中で放り出せないと思うよ。きっと危険もあるだろう」
「沙羅ちゃんだって覚悟をきめてるんだよ。わたしたちが手伝わないと、このままひとりでダンジョンと戦っちゃうよ」
これは人類の未来についての選択でもある。
あまりに話がデカい。沙羅一人に背負わせていいものではないし、俺たちが勝手に背負っていいものでもない。
世界中に分布した全てのダンジョンを殺すなんて、これまでのやり方では不可能だ。現状では踏破消滅が発生ペースに追い付いてすらいない。上位探索者チームが各国のダンジョンを回るにしても、他国籍の探索者を認めていない国も多い。日本もそうなのだ。
けれど沙羅の計画だと、全ダンジョンを滅ぼすための変則的な手段があるということだ。そして、それを理解するにはエクセキュートスキルの取得が最低条件になる。
「誰かがそれを為すのなら、私はお父さんとはななちゃん以外にないと思います。私もご一緒したいです」
はななも雨宮も覚悟を決めたようだ。腰が引けているのは俺だけか。あなたにしかできないこと、という言葉は結局、子供にも大人にも有効な誘い文句なんだな。
「ふう。……やっちまうか。みんなのお陰でここまで来れたんだしな」
ここからは俺たち家族の為だけじゃなくなる。
小市民には正直重たい。
「わたしとおとうさんと沙羅ちゃんならヤれるよ」
「私も透明ながらお手伝いしますから」
俺は沙羅にメッセージを送る。
〈おまたせ おけ 殺ル気でた〉
秒で返って来る。
〈まちくた エンダーズに ようこそ〉
〈なにそれ〉
チーム名あるの?
「じゃあ沙羅ちゃんの言うとおり、わたしが〈凝命〉でおとうさんが〈移空〉ね」
「了解」
青い結晶を高く掲げるはななに続いて、俺もスキルを取り込む。掲げはしないが。
体が発光し一瞬だけ意識が暗転。すぐに元に戻る。
「どう? おとうさん」
「うん。これは、確かに条件が揃わないと、使えないみたいだね」
〈移空〉スキルの詳細が脳内に展開する。
簡単に言えば、これから現れる特定のダンジョンに潜り、はななの〈凝命〉で魔素核を結晶化、具現化して、俺の〈移空〉でそれを異空間に封印することになる。
魔素核は魔素の吹き出し口、次元の裂け目、ダンジョン世界との接点だ。それを内包する特別なダンジョンがもうすぐ誕生する。それはダンジョン勢力の本体であり、世界の理を書き換えてしまう転換点である。
そして、その特別なダンジョンの発生を感知して呼び込むのが、沙羅の〈洞開〉というわけだ。
三つのエクセキュートスキルを持つ俺たちが協力し、順次処置を施し、地球上の全ダンジョンの息の根を止めるのだ。
本来これは個人レベルでどうこうできる話ではない。
人類を含む地球の生物を丸ごと巻き込む案件なのだから、俺たちが勝手に判断してよいはずはないだろう。
けれどこの事実を公表しても、人類として足並みを揃えた行動は取れないと思う。真偽を検証するうちに勝手な思惑が入り乱れる。国家やら各団体やらも調整に労力を割かれるだろう。というか共通認識すら持てずに時間切れになりそうだ。
そしてこれはダンジョンのある世界か、無い世界かの選択でもある。
浸食がさらに進めば、ダンジョンも魔法も残ることになる。地球は魔法世界に転じるだろう。
そしてここで食い止めれば、魔法は夢と消える。
多くの人は魔法など存在しない、このままの世界を選ぶかも知れない。そんな大変化は望ましくないと。
ファンタジー勢なら魔法世界を進んで受け入れるのだろうか。
それよりも変化に伴う既存の制度の大崩壊を望むかも知れない。俺たちがここでスルーすれば本当にそうなる可能性が高い。
残念だけど俺は平穏を願う凡人だ。大混乱の魔法黎明期を生きるのは遠慮したい。人間同士でスキルをぶつけ合うなんて嫌なのだ。厄介な武力が増えるだけのことだ。
さよなら魔法。
夢はあくまで夢のままで。
〈たーげっとダンジョン もうすぐ生まれる〉
〈いつ〉
〈五日後 くらい〉
〈ホントにすぐだな なぜわかる〉
〈予兆があります かんじます〉
〈それを逃すと ダメなのか〉
〈みるみる 巨大なダンジョンに なります〉
〈高難易度の〉
〈そです〉
〈その前に 潰すと〉
〈余裕です〉
〈チャンスには 違いないか〉
〈すべてのダンジョンの かなめ 魔素のおおもと〉
〈ボスかよ〉
〈ボスです これに抜かれると 地球のダンジョン化 一気にすすみます〉
〈ひっくり返せなくなると〉
〈きっとムリです〉
〈なら急いで準備をしよう 場所は 遠いのか〉
〈いつものところで エンダーズ GOです〉
それって……
〈まさか〉
〈とほいっぷん〉
決戦場となるのは、どうやら家の庭らしい。




