第四十六話 使命
「園先さん、雨宮さん、はななちゃん。ダンジョンの目的ってごぞんじですか」
「どうしてダンジョンが発生するのかってこと?」
「はい」
俺たちは顔を見合わせる。
それについて考えたことがない人はほぼいないだろう。そして万人が納得できる答えを出した人もいない。今のところダンジョン発生は超常の現象であり、その内部は人智を超えた場所である。個々の事象は検証されているが、研究が進んでいるとは言い難い。取り扱いに慣れたつもりでいても、実のところ完全なブラックボックスだ。
「沙羅ちゃんは知ってるの?」
「本当のところは、分かりません。でも確信のようなものはあります」
沙羅は魔女帽を被り直し居ずまいを正す。
「わたしはエクセキュートスキル〈洞開〉を得てから、幾つものダンジョンを呼び込んできました。その数は四十をこえます」
ほとんどが我が家の庭にですね、魔女さん。
「くり返すうちにスキルへの理解が進むといいますか、なじむような感じがしてきました。……そして、ダンジョンと呼ばれる地下空間そのものと、魔物やスキルという仕組みが、別のものだと考えるようになったのです」
ダンジョンと魔物は切り離せない存在だと思うけど。
「えと。それは、ダンジョンが魔物を生み出してるわけじゃないと。ダンジョン自身の、なんて言うか、意志ではないと」
「わたしにはそう思えます。というか感じられます。さらに言うなら、ダンジョンコアすらダンジョンに属するものではありません」
「……うそ、ですよね」
雨宮と同感だ。
ダンジョンはダンジョンコアを保護する外殻のようなものと考えていた。ダンジョンコアこそがダンジョンの中心であり、魔物もそれを守るために配置されていると。だからこそ侵入者に徹底的に敵対するのだと。多くの人がそう考えているはず。
「つまり、ダンジョンという魔素に満ちた洞穴状の空間と、その内部に存在するコア、モンスター、スキル、鉱物資源などは、別々の思惑によりもたらされているということです」
これは中学生の妄想なのだろうか。
引き籠りがちな暮らしを強いられた少女が、ダンジョンという玩具を得て、ちょっと突き抜けちゃったとか。
「ダンジョンはこの世界を侵食する意志であり、コアやスキルはこの世界を守る意思なのです」
「……へえ」
半信半疑の返事しかできない。まだ呑み込めない。
「ダンジョンは空間を広げ、その内部を魔素と呼ばれるエネルギーで満たしていきます。この魔素に満ちた空間こそがダンジョン側の世界であり、放置すればこの空間は広がり続けます。やがて地上も高濃度の魔素で満ちることになるでしょう」
沙羅はコスプレ杖を掲げる。その先端には青い結晶。これもダンジョンコアだろう。
「そして反ダンジョンの意志は、その魔素を大量に消費して、コアを作り、鉱物資源を作り、魔素結晶とスキルオーブを生む魔物を作り、魔素を燃料としてスキルを使わせることで、ダンジョンの拡大を抑制しているのです」
魔素を増やす側と減らす側の戦いみたいだな。
「それはこの世界とどこかの世界の覇権争い、侵略戦争ってこと?」
「そこまでの激しい意志は感じられないのです。たまたま別の世界と接触して思わぬ綻びができたので、ちょこっと手当したら、おかしな副反応が起きてしまっただけかもしれません」
魔物やスキルが副反応扱いって。地球さん大丈夫かよ。
「それに人類は巻き込まれたと」
「そうなりますね」
本当だとしたらしょうもない話だ。
「ダンジョンの背後には神様でもいるのかな」
「それは分かりませんが、人知の及ばぬ存在なのは確かです。しかもダンジョンと反ダンジョンの意志が、本当に別の存在なのかも分かりませんから」
「魔物を倒させてスキルを与えるなんていう、まどろっこしいことをする理由も分からない。とっととダンジョンを追い出せばいいだろうに」
「人の手にゆだねなければならない理由があるのかもしれません。人の興味と関心を引くダンジョンフォーマットを整え、人が有利になり過ぎない条件にして」
「人間側が圧倒的に不利じゃないのか。深層まで到達できた例は少ないだろ」
沙羅が俺たちに順に目を向ける。
「お三方は容易にそれを為したのではありませんか? そしてその動機もあったでしょう」
「それはあくまで家族の事情だ」
「世界のためでも人類のためでも自分のためでも、かの意志は頓着しないのでしょう。園先さんたちはすでにその力を示してしまわれました。お三方は事実上こちら側の最高戦力となったのです」
「俺たちにスキルが集中して無視できない駒になったと」
「そうです」
「それは誰かがわが家の庭にダンジョンを誘致した結果だよね」
「申し訳ないことですが、わたしにもそれほど選択肢はありませんでした。きちんと踏破するのを見せていただき、力に溺れることもなく、目的から目をそらすこともない。だからこそダンジョンを提供させていただいたのです」
勝手に試されて、いつの間にか育成までされていたとか。やっぱり沙羅がダンジョンマスターじゃないかな。
三十過ぎた子持ちの男が力に溺れる訳ないだろ。チートスキルに酔い痴れるとかあり得ない。歳を取ると体の疼くところは減る一方なんだから。
「それで、こちら側がダンジョンに完全に侵食されたらどうなるんだろう。魔素が地上世界にも満ちるって言ったね」
「たぶんそうなります。生き残った人々はダンジョンの外でもスキルが使えるようになるでしょう」
おっおー。俺とはななは既にその段階に足を踏み入れているんだな。
しかもそのスキルを反ダンジョン勢力がもたらしているなんて。
「単純に魔法みたいな力が使えてラッキー、とはいかないんだろうね」
「大混乱が起きるでしょう。それを回避するには人類の理性のみが頼りです。上手くすればより良い世界へと変貌するかもしれません」
「それは無茶ぶりが過ぎると思うよ」
おそらく既存の国内外秩序の清算に、スキル保有者が駆り出されて衝突が激化、大乱世となって全ての勢力に回復不能な損害が出る。
そして新たにスキル中心の階層社会が成立するも、新勢力の台頭と粛清を繰り返し、さらに深い不信と傷を残す。
文明はあらかた崩壊し、疲弊した世界で臆病な文明が再び形成されるのに長い長い時間が掛かるんじゃないだろうか。ぶっちゃけこの世界は一度死ぬ。今ある社会は失われる。
これはあくまで妄想だけど、あまり楽観的にはなれないな。
「園先さんにはぜひ、桜堤ダンジョンコアのエクセキュートスキル〈移空〉を取っていただきたいです。きっとわたしの申し上げたことが実感できると思います」
巻き込まれたくはないけれど、既に最初から巻き込まれていたのも事実。スキルを取得して視点が変われば、覚悟が決まるのかも知れない。
「コアスキルとエクセキュートスキルってどう違うんだ」
「エクセキュートスキルは特殊なコアスキルです。わたしの〈洞開〉はダンジョン外でも使えますし、おそらく〈移空〉は条件がそろわないと発動しないタイプかと思います。そして一人一つしかスキルを取得できません」
〈移空〉と、もう一つのエクセキュートスキル〈凝命〉を、両方とも雨宮に押し付けることはできないのか。残念だ。
「なんだか悪巧みが上手くいかず、やさぐれたような顔してますよ」
「そこまで顔に出るかよ」
何故か雨宮が鋭い。バレたか。
「そしてエクセキュートスキルはもう一つあるはずです。園先さん、お心当たりは?」
「ああ、あるね。〈凝命〉というスキルのダンジョンコアを持ってる。よく分からない効果だからまだ取得していないけれど」
沙羅が大きく頷く。
「でしたらそれを、はななさんに。そうすればわたしたちは次の段階に進むことができます」
「この先も俺たちにダンジョンに関われと」
「それだけの力をお持ちなのです。持てるスキルを合わせて、この世界からすべてのダンジョンを消し去りましょう。今のわたしたちなら、それができるのです」
黒魔女コス、白銀ロン毛ウィグ、金色コンタクト再装着の中学生が、にっこりと笑い掛ける。




