第四十五話 秘密
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はななのスキル〈神酒授与〉には酒が必要だ。
ヘルパーの最上さんに用意をお願いし、女子たちを椅子に座らせる。
「ダンジョンって結構快適ですよね。深層もそうでしたし」
「涼しー。お昼寝にさいこー」
「適温かつ低湿度だね。真夏や真冬にはありがたい」
「乾燥していてもあんまり肌も荒れないですし」
「それはスキルとかも関係してるかもね」
「こんなふうにダンジョンを維持して、魔物を完全駆除すれば、素敵な地下リゾートになりそうです」
「ここは小さなワンルームですから。規模の大きなダンジョンでも同じことができるか分かりませんよ」
沙羅が俺を見る。
「わたしは治癒系スキルが得られないものかと、幾つものダンジョンコアを求めましたが、残念ながら縁がありませんでした」
「選んで出せるものじゃないみたいだね」
「園先さんは空間系のスキルをお求めではありませんか」
「よく分かるね。そう、収納スキルが欲しかったんだ。食料や道具類は運べる量に限りがあるし、持ち帰る魔石やドロップアイテムもどんどん増えるんだよ」
普通の探索者なら持ち切れないほどの量にはならないはずだが、俺たちが倒す魔物の数は非常識レベルだし、はななの豪運スキル〈星運〉もある。
「なのでこれをお礼にと考えていました」
沙羅が漆黒のローブの内側からダンジョンコアを取り出す。いや、スキルでそう見せているだけかも。
渡されたコアを手に持ちリーディング。
「これは、〈空間〉?!」
「そうです。探索者活動のできないわたしには不要ですから」
「確かにありがたいけれど……」
〈空間〉は入手を待ち望んでいたスキルではある。
時間経過のない空間収納。所謂アイテムボックス。ポーター要らずで物資を持ち運べるから、ダンジョン内での活動時間も大幅に伸ばせるだろう。背中の重みからもサヨナラだ。
けれど桜堤ダンジョンを殺した俺とはななが、これからも探索者活動をするとは限らない。他のダンジョンには興味がない。むしろ距離を置くつもりでいる。
「もはや不要とお考えですか?」
「おそらく。あればよかったのにな、という程度かな」
「やはり必要になるかもしれませんよ」
「それは……」
最上さんがトレイを持って戻って来た。
半透明なオレンジピンクの液体の注がれたグラスが二つ載っている。カクテルかな。
「ベリーニです。微炭酸ですがはなな様のお口にも合うかと。アルコール度数は低めです」
「セ……最上さんはバーテンダーの資格もお持ちです」
「園先様もお試し下さい」
まず俺が試飲ね。口に含むだけとはいえ娘に大人過ぎる酒は厳しい。
グラスを受け取り迷わず喉を通す。甘い。でもさっぱりと優しい。ピーチネクターとスパークリングワインかな。炭酸も噴き出すほどの強さはない。これなら大丈夫そうだ。しかもネクターだしな。
ところでだ。俺ははななに耳打ちする。
「どうする? 口移しできるの?」
忘れていたのか、はななの顔が赤くなる。
強力な回復スキル〈神酒授与〉だが、はななが一旦口に含んだ酒を、相手に口移しで飲ませるのが基本だ。瀕死だった雨宮の場合は仕方なく全身に吹き掛けたが、今回はどうするつもりだろう。
同性だし子供同士だからノーカンでいいと思うけど、本人たちはどうかな。沙羅の服を脱がせて吹き掛けるほうがヤバい気もするし。
はななが意を決して沙羅に耳打ち。
二人で赤くなり、視線を泳がせて俯く。
そして、どちらともなく見詰め合う。
思春期ですね。
「……はななちゃんなら、いいよ」
「……さ、沙羅ちゃん」
何でしょうかこの空気は。おじさんよく分からない。
スキル行使の手順を知らない雨宮と最上さんは蚊帳の外。
「じゃ、じゃあ、やるね」
「う、うんっ」
おっと、少女たちの決意に水を差すようで悪いが。
「カラーコンタクトは外したほうがいいかもよ。体に変化があるはずだから」
慌てつつも、ぽこぽこっと外してケースに仕舞う沙羅。慣れてるな変身。ちょっとだけ歳相応の顔になる。
最上さんから受け取ったカクテルを、はななが口に含む。
ほんのり膨れた両頬が白く発光する。
光はみるみる強まり、神々しい変顔になる。
「はなな、ちゃん……」
息を吞む沙羅と最上さん。それと雨宮。
はななと沙羅の顔が徐々に近付き……眉をしかめたはななが俺を睨む。
「……」
「おほん。失礼」
最上さんと雨宮の肩を叩き、顎クイする。
じっと見られてたら流石に恥ずかしいよな。三人で背を向ける。けれどしっかり耳をそばだてる。
「なぉ」
ジュヌヴィエーヴの短い鳴き声に振り返ると、椅子の上で魔女の衣装ごと光に包まれた沙羅と、頬を染め目を潤ませたはななの姿があった。
すぐに光は消え、呆然とした様子の沙羅がゆっくりと体を起こし立ち上がる。震える両手で膝をさする。
(サ、サララが立った)
(園先さん、ひどっ)
雨宮に突っ込まれる。
緊張が緩んだのか笑顔を見せる沙羅。
「どう? 沙羅ちゃん。体の具合は」
「……治ったみたいです。……本当に治ったみたいです。〈御動〉がなくても立っていられます。力も湧いてきます。ほら、ぜんぜん痛くないです。自分で膝が曲げられます」
「沙羅ちゃん!」
「あ、ありがとう、はななちゃん!」
はななが沙羅に抱き着く。沙羅もしっかり抱き返す。
最上さんは祈るように手を合わせ、涙を流している。
(やっぱりダンジョン外の、それも何年も前の怪我も治るんですね)
(ああ。それが問題なんだけどな)
耳元で声を潜める雨宮にささやくように答える。
ひとしきり脚の調子を確かめて、支えられずに歩いてダンジョンを出る沙羅。しっかりした足取りになっている。〈神酒授与〉は衰えた筋肉さえ復活させるらしい。
その姿にボロ泣きしていた最上さんだが、談話室に戻るころには涙を止め背筋を伸ばし、あらためて飲み物を用意してくれた。できる人だ。
「ありがとうございました、園先さん、雨宮さん」
ソファの前に立ち改めて礼をする沙羅。
「快復おめでとう。でもお礼ははななに言ってくれるだけでいいよ。やると決めたのも実行したのも、はななだからね」
普通の友達になってくれるのが一番だけど。普通にね。普通でね。
「沙羅ちゃん背がのびたー?」
「そんなことないですよー」
自分の足でちゃんと立てているし活力が増したことでそう見えるんだろう。〈神酒授与〉に成長促進効果まではないはず。まさかないよな。
「急かすようで悪いけど、沙羅ちゃんの話って、これだけじゃないよね」
俺はさっき渡された〈空間〉のダンジョンコアをローテーブルに置く。スキル取得は保留している。
「……はい」




