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第四十四話 ダンジョンアトラクター


「大儀であった……じゃなくて、ありがとう園先さん、はななちゃん。そして雨宮さん」


 最上さんが退室すると、沙羅が俺たちにお辞儀をする。


「どうしたの、沙羅ちゃん」

桜堤さくらづつみダンジョンを踏破してくれたこと、感謝しています」


 俺たちは顔を見合わせる。


「ジュヌヴィエーヴを桜堤に寄越したのは沙羅ちゃんだよね。どうやったのかな」

「それについては、わたしの事情を聞いていただかなければなりません」

「ぜひ聞かせて欲しい」


 沙羅は一つ大きく深呼吸する。


「小学五年生のとき、わたしは桜堤ダンジョンの発生に巻き込まれ、両脚に大怪我をしました」

「沙羅ちゃんも、あそこに?」

「……はい。そのため、こんなことに」


 自分の膝に手を置く。


「被害者の中に沙羅ちゃんの名前はなかったけど」

「載せなかったんです。これは家の事情で、本来わたしはあそこにいないはずでしたから」


 そこは訊かないほうがいいのかな。立ち入るべきかの判断も付かない。


「そして、車椅子での就学に適した学校に転校し、この別邸に移りました。五年生で友達とお別れはつらかったです」


 はななも四年生で転校になっている。沙羅もダンジョンに人生を変えられたんだな。


「その年の二学期のある日、ジュヌヴィエーヴが青く輝く結晶をもってきたのです。はじめて見るきれいな石でしたが、調べてみたところ、それがダンジョンコアと分かりました」


 ジュヌヴィエーヴは素知らぬ顔で窓の外を見ている。


「おそらくジュヌヴィエーヴは、ダンジョンの発生に出くわし、中に潜ってコアを持ち帰ったのでしょう。なぜそうしたかは分かりませんが」


 飼い主に獲物を見せる感じだろうか。


「わたしが得たのはエクセキュート(実行)スキル〈洞開ゲーティング〉、ダンジョン発生地点を指定できるスキルです」

「……うそ、だろ。そんなスキルが」


 信じられないようなスキルだ。


「これはダンジョン外でしか使えない、極めて特殊なスキルでした」

「もしかして……」

「お気づきですか。そうなのです」


 沙羅が大きく頷く。


「園先さんの庭先にダンジョンを召喚していたのはわたしです」


 愕然。


「ざまぁなのです。攻略乙。くっくっくぅ」

「おのれ、犯人はお前かー」

「おまえかー」

「え? なんです? 何の話」


 まさかわが家の庭でのダンジョン発生が人為的だったとは。同一の場所で繰り返しダンジョンが生まれるという異常事態は、全て沙羅のスキルによるものだったのか。

 雨宮は訳が分からず混乱中。


「沙羅ちゃん、どうしてそんなことしたのー?」

「はぁ? どうしてかって」


 ゆっくりと顔を伏せた沙羅が体を震わせる。そして改めてはななを睨む。カラコンの金の瞳で。


「そんなの決まってます。まぶしいほどに元気なはななちゃんが憎かったからですよ!」

「……え」

「えーと」

「あ。うそです、ごめんなさい。流れでつい」


 コスプレテンションでネタを挟まないで下さい。お願いします。


「あの忌まわしいダンジョンを始末するためです。園先さんたちが桜堤ダンジョンにご家族を奪われたことは存じていました。そしてご自宅にダンジョンが生まれても冷静でした。JECAや自治体に報告することもなく、ダンジョンを怖がる様子もなかった」


 俺たちもダンジョンを利用してやろうとしか考えなかったな。


「そこでわたしは計画しました。園先さんたちにできる限りコアスキルを取得いただいて、強化した状態で桜堤ダンジョンに挑んでいただこうと」

「俺たちが桜堤ダンジョンに向かうとは限らないだろ」

「いえ。お二人にはわたしと同じ怒りを感じましたから。雨宮様もそうなのでは? ですからいずれ園先さんたちは桜堤に至るだろうと」


 そして実際に俺たちは桜堤ダンジョンを殺した。沙羅の目論見通りに。まさか中学生の掌の上だったとは。


「つまり、沙羅ちゃんがダンジョンマスターか」


 沙羅はかぶりを振る。


「いいえ。〈洞開ゲーティング〉は発生場所を指定するだけのスキルです。望む形のダンジョンを作ったり、発生タイミングを調整することはできません。早くて数分、遅いと数日かかることもあります」

「ダンジョン誘致スキルってことか。どんなダンジョンが来るかは分からないと」

「はい。世界のどこかに発生するはずのダンジョンを、園先さんのお庭に呼び込んでいるだけなんです」


 なんと迷惑なスキル。


「ここまではご理解いただけましたか」

「ああ。うん。納得はしてないけどね」


 ジュヌヴィエーヴ、ボクもう疲れたよ。


「その上で勝手なお願いなのですが、みなさんは何か治癒系のスキルをお持ちではありませんか?」

「それは沙羅ちゃんの体のことで?」

「はい。そうなのです。ダンジョンに壊された脚を、ダンジョンスキルで治せないかなと」

「わたし、〈神酒授与そまて〉があるよー。おとうさんは〈治癒ひーる〉があるし」


 スキルについては迂闊に話すべきではないけれど、沙羅も俺たちに秘密を教えてくれている。沙羅の〈洞開〉もはななの〈神酒授与〉と同じく問題になりそうなスキルだ。


「〈治癒〉の存在は予想できましたが、〈神酒授与〉というのはどんな?」

「ダンジョン内で瀕死になった人を完全復活させるスキルだよ。知る限りでは最も強力な回復スキルだと思う」


 雨宮で実証済み。


「わたしで試してはいただけませんか。もちろんお礼はいたします」

「どうする、はなな」

「お礼なんていいよ。沙羅ちゃんのおねがいなら、もちろんやるー」

「ありがとう。はななちゃん」


 はななが沙羅の手を取りぶんぶん振る。もう仲良くなったのか。


「でも、ダンジョンの外だと効果は期待できないよ」

「それは心配ないです。わが家にもダンジョンはありますから。いまからご案内しますね」


 家にダンジョンがあるのか。流石金持ち。プールあるよ、みたいな感じなのかな。まさかダンジョンをキープしているとは。管理できてるということか。


 セバス、じゃなくて最上さんの介助で車椅子に座り直し、談話室を出る沙羅。俺たちも後に続く。

 半地下へのスロープを下り窓のない部屋に入る。三面がシェルフで横倒しのガラス瓶がびっしりと並んでいる。涼しく落ち着いた空間だ。床の中央にはさらに下り階段。

 天井下のレーリングにダンジョンコアらしき結晶がぶら下げてあるのが奇妙だ。


「ワインセラーだよね」

「そうです。そして」


 青い輝きのコアを指差す。


「ダンジョンとの境界にダンジョンコアを置いておくと、ダンジョンは成長も消滅もしません」

「そんなことが……」

「いろいろ検証しましたから」


 沙羅が車椅子から立ち上がり、最上さんに支えられて石段を下りる。


「あ」


 石段に足を乗せるとダンジョンに入った時と同じ感覚があった。すぐに〈察知サーチ〉を展開するが魔物の気配はない。魔物のいない小さなダンジョンだ。


「わたしもここまで来れば〈御動コントロール〉が使えますから、自力で歩けます。後で痛みが出るので長くは無理ですが」


 身体強化スキルで膝を強引に動かしているようだ。沙羅もコアスキルを複数持っているんだろう。

 短い通路の先には十二畳ほどの広さの石室。床置きのLEDランプで照らされている。折り畳み椅子が三脚立て掛けてある。


「自宅地下にダンジョンですか。こんなことって……」


 雨宮が驚くが全く同感だ。しかも状態が保持されている。


「ここからジュヌヴィエーヴを桜堤ダンジョンの最奥に送り込みました」

「えと、どうやって」

「最寄りのダンジョンに飛べる〈転位リープ〉という空間系のコアスキルです。自分自身、あるいは触れた相手を飛ばします。一番近くのダンジョン限定ですが」


 凄いスキルだが、それだと二つのダンジョンを行き来できるだけで、世界のダンジョン周遊は無理か。


「ジュヌヴィエーヴが話し掛けたのは」

「やっぱりこの子〈伝知テレウィル〉を使ったんですね。わたし以外では初めてですよ。お二人にすっかり懐いてますもんね」

「かわいいよね。ジュヌヴィエーヴちゃん」

「うなぁ」


 いつの間にか現れた白猫が、はななの脚に横腹を擦り付ける。俺と目が合うと、すっと顔を背ける。

 懐いてるのこれ。それともツンデレ?


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