第四十三話 魔法少女
二泊三日の予定が三泊四日になったダンジョン合宿の数日後。
はななは夏休みのプール授業に行っている。
魚人のオーブスキル〈遊泳〉の効果を試すのを楽しみにしていた。上手く泳げなくてプールが苦手だったのにな。
テレビでは桜堤ダンジョンの閉鎖が話題になっている。
全三十二階層の内半分ほどが既に消失していた。思ったよりゆっくりした縮退だ。庭先ダンジョンとは規模が桁違いだから、こんなものなのかも知れない。日本では初の大規模ダンジョンの消滅になる。踏破者探しが過熱するようだと困るな。今のところはJECAからは何の接触もないけれど。
桜庭ダンジョン踏破の翌日は、はななと二人で亡き妻の墓参りをしている。顛末を静かに報告できた。
明日、向かいの屋敷に塔屋沙羅を訪ねることになっている。お手伝いさんを通じて約束を取り付けてある。ご近所さんだから面識はあるが、車椅子生活の沙羅のところにいきなり押し掛けるのも躊躇われる。
そして雨宮も来ることに。沙羅からのメッセージにあった『ご一緒にお訪ねください』に雨宮も含まれるのか分からないからだ。
と、スマホにメッセージ。
〈いまおわ ぶっちぎ にんぎょ〉
やらかしたのかはなな。
〈水分補給する 暑さなめんな 道草はゴブリン〉
〈すいすい〉
冷蔵庫の麦茶を確認。子供はじゃんじゃん飲むしな。
すると雨宮からもメッセージが。
〈あなたの後ろにいるの。焼肉食べてるの〉
〈はいはい うしろの肉食系乙〉
透明人間になって本当にやってそうで怖いが、ダンジョン外ではスキルは使えない。今のところ俺とはなな以外は。
〈明日はフォーマルですか〉
〈やめて ご近所づきあい カジュアルで〉
〈手土産は〉
〈こっちで用意〉
〈はななちゃんは〉
〈下校中 学校プールの日〉
〈うらやま〉
〈確かに〉
〈一緒にプール行きましょうか〉
〈小学生に化けれない〉
〈スポーツクラブのプールです〉
〈入れんの〉
〈無料体験で、一回限り〉
〈へえ ほお〉
〈水着買ったのに、どこも行けないのです〉
〈彼氏に家〉
〈いま言ってる〉
〈え〉
〈えっ〉
〈おとうさんに まのて〉
グルチャじゃないのになぜ分かった。女の勘か。
〈まほうにんぎょ けんざん〉
〈歩きスマホ ダメぜったい〉
〈はしってる〉
〈もっとダメ トラック転生フカヒレ〉
〈うそです おとうさんの うしろにいるの〉
〈お前もかよっ〉
〈こんやは やきにく〉
この間たらふく食べたろ。これが若さか。
〈父さんまだ仕事 放置よろ〉
〈らじゃ〉
〈らじゃ〉
何で揃えてんの。
翌日昼過ぎ。雨宮を迎えに行く。フェミニンなサマースーツが似合う十九歳を乗せてわが家へ。
「素敵なお住まいですね」
「素直に狭いと言うがいい」
「実に趣のある大黒柱です」
「無理矢理褒めんじゃねえ。玄関入っていきなり大黒柱とか悲しいわ」
「いらっしゃい、おねえさん」
「こんにちは、はななちゃん」
「ひえひえ麦茶あるよー」
「ありがとう」
俺はおっさんらしくTシャツにジャケット、チノパン。はななは薄緑色の夏らしいワンピース。普通に可愛い。
塀を巡らせた塔屋家を訪ねる。インターホンを押すとシャランシャランと洒落た音がする。微かだからフィードバックサウンドだろう。女性の声で応答があり、門扉が静かにスライドして開く。
「お庭ひろいねー」
「手も掛かってるな。職人さんが入ってるのあんまり見ないけど」
手入れも行き届いてる。うちも頑張らないとな。猛暑の内はしんどいが。
敷石を辿り三階建てらしい母屋の玄関前まで来ると、ドアが内開きして上品な中年女性が頭を下げる。
「園先様、ご足労いただきありがとうございます。沙羅様のお手伝いをしております最上と申します。ご案内いたします」
インターホンの声もこの人だった。塔屋家専属のヘルパーさんらしい。親しみやすさと厳しさの混じった、舐めてはいけないタイプの女性だ。ちなみにメイド服ではない。涼しげな藍染の着物だ。
談話室というよりサロンと呼べそうな高級感のある部屋に通される。冷房はよく効いている。
チーク材の床に軽やかで緻密な織りのナイン絨毯、暖炉風のアルコーヴには青銅製の蓮が置かれ、大きな採光窓とWQのマルチアースカラーストライプの壁紙が、夏の光を穏やかな明るさに抑えている。インディゴ染めの革のソファと復刻マホガニーのローテーブルが、部屋の中央からややずらして置かれている。壁に掛けられたタブローフレームやオーナメントなどの装飾品は、ほぼいぶし銀で統一。成金感をちらつかせつつ、ショールームもどきでもなく、アート系のインテリアに寄せている。居心地の良さと悪さが混然として、正直わりと好みのセンスだ。けれどわが家の造りでこれを真似するのは無謀だろう。
まあ、こんな取り留めもないことを考えるのは、猫を抱いてソファに座り、不敵に微笑む人物から意識を逸らすためだ。
「くっくっく。驚いて声も出ぬか、ダンジョンの僕どもよ。こんにちは」
「「「……こんにちは」」」
えーと。塔屋沙羅ちゃん。見違えたよ。
こんなにキャラ濃かったっけ。以前は内気で物憂げな印象だったのに。笑顔だし元気そうだから、これはこれでいいのかも知れないが。
魔女のコスプレとは。
それも魔女っ娘じゃなく、妖艶なお姉様系ね。
黒一色の魔女帽子とロングドレス、白銀超ロン毛のウィグ、黒のルージュにカラーコンタクトらしい金色の瞳、青い結晶の嵌った短杖。衣装のクオリティーは高いけど、背伸び感も凄い。学園祭の占いの館みたいだ。中身はまだ中学生だもんな。
これだけ気合を入れてるんだから歓迎されてると思いたい。
「沙羅ちゃんおひさしぶり。元気してた?」
ある意味本物の魔法少女のはななが、怯むことなく笑顔を向ける。
「うむ。はななちゃんも息災か。元気ですよ」
「ぎょいぎょい」
会話は可能なようで一安心。
ヘルパーの最上さんに銘店の菓子箱を渡し、はななを挟んで俺と雨宮もソファの対面に腰を下ろす。沙羅の膝の上のジュヌヴィエーヴは目を閉じて寝たフリ状態。
「して、そちらのお……姉様はどなたかの」
ナイス、沙羅ちゃん。おばちゃんと呼ばない常識人。
やっぱり雨宮は招かれてないのか。
「初めまして塔屋沙羅さん。私はダンジョン探索者の雨宮董子と申します。はななちゃんのお姉さんとして、園先さんとは裸のお付き合いをさせていただいております」
ねっ、と同意を求めて俺を見る雨宮。裸なのはお前だけだからな。俺もジュヌヴィエーヴに倣って目を細める。寝たフリ。
「雨宮殿……そうか、貴殿が」
納得顔の沙羅。苗字だけで正体に思い至ったのかな。
色も香りも涼やかなお茶が運ばれると、沙羅が最上さんに指示する。
「ごくろう、セバスチャン。下がってよい」
「誰がセバスチャンですか!」
設定は事前に合わせとけよ。




