第四十二話 帰還
二点間移動スキル〈変位〉を繰り返し、俺たちをコア階層直前まで落とした大穴を上って第二十層へ。
そこから雨宮の〈地図〉によるナビ頼りで進み、迷路構造の第十六層で野営。
ジュヌヴィエーヴの食事については、全粒粉のベーグルやハム、粉末ミルクを〈清泉〉の水で溶いたものを好んでくれたので助かった。高級猫缶じゃないとダメかと思ってた。
魔物との遭遇がほとんどないまま第十層まで戻ると、いつもより多くの探索者の姿があった。深層貫通の影響は特にないみたいだ。
俺たちがダンジョンコアを持っているので、魔物の再生成が行なわれない。ダンジョンの更新および新規活動はすべて停止している。少しだけ難易度の下がった状態になっているのだろう。
ジュヌヴィエーヴと会話ができたのは最下層でのみだった。猫と話すという不思議体験をしたものの、相手が本当にジュヌヴィエーヴだったのか、猫の皮を被った何かだったのかは判然としない。元々ちょっと変な猫だけどな。
「だよな」
「にゃお」
稀に現れるコボルトやゴブリンを爪撃で瞬殺するジュヌヴィエーヴ。目を丸くしているであろう雨宮。
通路で探索者とすれ違うようになり、雨宮はナイトグラスとマスクで顔を覆っている。家猫と小学女児を連れているから、ダンジョンを舐め切った馬鹿な家族連れにしか見えないはず。
第一層の人混みを抜け、石段を上る。
「今回は正直助かったよ。ありがとう雨宮。今まで邪険にして済まなかった。君がいなければこれほど楽に攻略できなかったろう」
『最後だけいい人で締める気ですね、お父さん。ここを出たらもう他人ですか』
「これからはそれぞれの道を歩んでいこう。いつかその道が再び交わることを心から祈ってるよ」
『奇麗ごと言わないで下さい。祈られたくありません。いま目一杯交わってるんですから、それを大切にしましょうよ』
「人生、一期一会だから」
俺は大人の笑顔で頷く。
『薄っぺらです。丸裸にされて抱かれて弄ばれて捨てられる女に、酷い言葉です』
「すべて自分でしでかした女に言われても」
「だいじょうぶ、おとうさんはおねえちゃんが大好きだよ」
『ありがとうはななさん』
「ありがとう、董子おねえちゃん」
『私もお二人に感謝です。おかげで願いを叶えることができました。私だけではとても深層まで行けませんでした』
「これからも何かあったら頼ってくれ。ジュヌヴィエーヴを」
『猫ちゃんをかい』
「にゃぁ」
などとじゃれ合ううちに、地上へのゲートが目前だ。
『お願いですから今度は置いてかないでくださいよ。でないともっと露骨にストーキングしますよ』
「ストーカーの自覚はあったんだな」
俺はバックパックを下ろしキャスターのストッパを外す。ダンジョン領域を出れば、マジックアイテム〈重量軽減〉の効果が切れて本来の重さが戻る。恐ろしや。
そして雨宮のオーブスキル〈隠身〉も切れて、使用後硬直が起きる。
『……パパ。マ……』
俺に背負われた雨宮のかすかな呟き。
それには応えず、片手でバックパックを転がしながら、はななとジュヌヴィエーヴに続いてゲートを抜けた。
それはこの桜堤ダンジョンの最期。
核を持ち出されたことによるダンジョンの縮退が始まる。最奥の層から順に消失していくだろう。けれど探索者たちが気付くにはしばらく時間が掛かるはずだ。
「ジュヌヴィエーヴちゃんも出られてよかったね」
「なぁ〜」
「入ったはずのない猫だもんな。魔物と思われても仕方ないよな」
普通の猫にしか見えないが、ダンジョンの出入りは映像でも記録されているから、ちゃんと調べればどこから来たか怪しまれる。
JECAの救急ステーションに、動けない雨宮を運び込み簡易ベッドに寝かせる。スキル使用後の硬直はよく知られている現象なので休憩扱いだ。はななを付き添わせる。
その間に俺は買取所に向かい、魔石とドロップアイテムの一部を換金する。タロスの巨大魔石や深層のスキルオーブ、ダンジョンコアなどは出さない。ここで換金すれば俺たちがダンジョン踏破したことが明白になる。ほとぼりが冷めてからにしよう。
桜堤ダンジョンは、表向きは踏破推奨ダンジョンだから、別に隠れる必要はないのだが、ここで聴取やら大騒ぎやらされたくない。勝手な攻略を責められることも考えられる。
俺と雨宮の探索者証を提示して金額を折半する。
三十分ほどで雨宮が復活。改めて買取所で金額の認証をさせてから、雨宮の強い希望で、俺の軽(自動車)に乗って市内のコミュニティスパへ。
大浴場で疲れを癒し、ゆったりスペースのラウンジで炭酸水を飲んでいると、はななと雨宮が仲良く連れだって戻って来た。ちなみにジュヌヴィエーヴはペットインコーナーのケージで快眠中。
「おお、こんなに美人だったんだな、雨宮董子」
「おねえちゃん、きれい」
艶やかな黒髪と色白の肌。探索用のカーゴパンツではなくスキニージーンズだからか脚の長さも際立っている。ノースリーブブラウスから伸びる腕もしなやか。風呂上がりでメイクはナチュラルルージュのみ。清楚ながらもきりっとした美貌だった。
「ほーほっほ、今さら口説いても遅いですわ。ざまぁ」
「さすが自称十九歳」
「はいはい、どうせフケてますよ。二十五歳と言われますよ。同世代にモテないですよ。恋愛相談係ですよ」
「まあまあ。大人っぽいのはいいことだよ」
雨宮に炭酸水、はななにレモネードで水分補給。
「それじゃお祝いしようか」
夕食には早い時間だったが、コミュニティスパの向かいにある有名焼き肉店で盛大に食べまくる。ノンアルビールも飲みまくり。デザートも奮発。
三人とも最後はお腹をさすっていた。
帰りの車内ではジュヌヴィエーヴが不機嫌オーラを纏っていた。俺たちの焼肉臭が原因なのは明らかだ。軽く噛まれたし。ゴメンな、ペットOKの店じゃなかったんだよ。
そして雨宮のマンションが同じ町内にあったのも驚き。
最寄駅方向にわが家から車で数分。ストーキングしやすい距離だ。これはマジで予想外。




