第四十話 最奥
青銅巨人のタロスが消えた後には、その巨体に相応しいビーチボールサイズの石英みたいな魔石と、緑色に輝くスキルオーブが落ちていた。
しかしそれより驚くべきは、二メートル超えの長さのサンダルの底が白い砂地に残っていることだ。
一対の大きな青銅板が伏せられていた。
「これは、まさか」
『たぶん三十二階層への扉ですね』
「どっちが?」
『すみません。それは、開けてみないと』
扉と化したサンダル底は二つある。ご丁寧にL字型のノブまで付いていた。タロスの左右の横顔がレリーフされた、割と豪華な作りだ。
「ここまでの意匠は初めて見たな」
これまでのところダンジョンの細部は、いくら人工の建築物のように見えても、ぎりぎり自然物と言い張れるような造りになっていた。石積みに酷似した岩壁、舗装路そっくりに敷き詰められた自然石、整然としているようで荒削りな石柱など、遠目とは印象が異なったりする。
けれどこの扉は、職人や芸術家によって仕上げられた品という感じだ。むしろ特別なドロップアイテムのようにも思える。
「ほらおとうさん、魔石だよー。大きいよー」
「おう。凄いなー」
はななが魔石を抱えている。
正直魔石はお腹一杯。もう持てない。マジックアイテム〈重量軽減〉があるから重さは何とかなるが、バックパックの容量がきつい。だが魔石を放置すると魔物の再生成が早まるらしいのだ。ダンジョンコアさえ始末できれば全て解決だが。
「スキルオーブは〈巨身〉。おっきくなるよ」
「巨大化かよ。巨人になって何と戦うんだよ」
『半神じゃないですか?』
それはおやじギャグだと思うぞ雨宮。
『でも、これ……』
「ああ。きっとそうだ」
「服はおっきくならない。スキル併用不可」
使えないスキルだ。全裸巨人になるだけとは。狭いトンネルの多いダンジョンで巨大化って。馬鹿なの。売れる気がしない。特殊性癖者向けのコレクターズアイテムだよ。
バックパックを詰め直しタロスの魔石を押し込む。入り切らないドロップアイテムのバッグは雨宮に。今回再度入手できた〈重量軽減〉アイテムを雨宮にも使わせれば、まだまだ持てるはず。嫌でも持ってもらおう。持て。
「どちらかの見当はつかないか」
二つの青銅の扉の前で腕組み。
きっと選択を間違うとどちらも開かなくなりそう。
『〈地図〉でも分かりませんね。勘に賭けるしか』
「こっちだよ、きっと」
はななが左扉を指差す。たぶんただの気分だろう。でもそれで十分。はななは〈星運〉持ちなのだ。
「よし、乗った」
俺はノブを両手で掴み、力を強めながら引っ張る。
見た目通りの重さの片開きの扉がゆっくりと開く。
「開いたー」
「ふう。階段があるな」
シンプルな石段が見える。
『右も開けてみましょうよ』
しかし右の扉は全く動かなかった。絶対的に固定されている感じだ。
「両方同時に開けてみてもよかったかな」
『それはできないような気がしますね』
雨宮が慎重に覗き込む。進む道がちゃんとあればいいが。
『大丈夫みたいですよ。ダンジョンに悪質な罠はないですし。今までは、ですけど』
「まあ、進むしかないしな」
俺、はなな、雨宮の順で狭い階段を下りる。
すぐに通路に出る。わが家の庭先ダンジョンのように小さくて単純な造りだ。壁面と天井は白く光る岩。床は不規則な形の灰色の石を嵌め込んである。
「最下層にしては狭いな」
庭先ダンジョンならこんなものだが、他のダンジョンのコア階層がどうなっているかはよく知らない。
一直線の通路を縦列で進むと、やがて方形の石室が見えてくる。そしてこれが桜堤ダンジョンの最奥だと確信する。
このダンジョンのゴール地点だ。
何かがいる。気配を感じる。魔物らしくない気配を。
「何がいるかな」
『真の守護者でしょうか。ここが最後の部屋だと思います』
「……おとうさん、あれ」
小学校の教室ほどの広さの石室に入ると、中央に小さな獣がぽつんと座っていた。
おもむろに四肢を伸ばして立ち上がり、とてとてと歩いて来る。白い毛並みに水色と黄色のオッドアイ。ピンと立てた尻尾の先が黒い。
お馴染みの姿に唖然とする俺とはなな。
「……ジュヌヴィエーヴちゃん!?」
それはどう見ても、ダンジョン踏破者にしてコアスキル持ち、そしてダンジョン探索仲間でもある向かいの家の飼い猫、ジュヌヴィエーヴだった。
俺はすぐに殺せる態勢を取る。状況を考えればこれは擬態した魔物だろう。ジュヌヴィエーヴがここにいるはずがないのだ。
けれど〈探知〉による気配は、これが本物のジュヌヴィエーヴであると告げていた。
「にゃぉ」
無警戒なはななの脚に体を擦り付けるジュヌヴィエーヴ。独りぼっちで退屈していた様子だ。しゃがみ込んで白猫の背中を撫でるはなな。
「ジュヌヴィエーヴちゃん、どうしてここにいるの?」
ぐあっ!
はななが話し掛けた途端、脳に激震が走った。
まるで頭蓋が金属になり、それを思い切り叩かれたかのように。思わずよろめく。はななも両手で頭を押さえている。何が起きた。
『どうしたんです、大丈夫ですか?! この猫ちゃんは?』
あれ? 雨宮は何ともない。俺とはななだけなのか。
そしてすぐに衝撃は消える。何事もなかったかのように。頭がスッキリする。
(えあおごくてすきる……おうよう……はむなぼ……)
「おとうさん、へんな声がするっ」
立ち直ったはなながジュヌヴィエーヴと見詰め合っている。
(ありとめしく……おぽす……とけしに)
「これ、声なのか? 耳じゃなくて頭に直接響いてくるよ」
『何か聞こえるんですか?』
「ああ。なんかヤバい系の声が聞こえる」
『私には何も聞こえませんが……』
「たぶんこいつが、俺とはななに話し掛けてる」
ジュヌヴィエーヴが俺と目を合わせ小さく頷く。
『ええー?!』
「何者だよ、ジュなんとかさん」
コミュニケーション系のスキルでも持ってるのか。念話とかいうやつ。何言ってるかさっぱりだが。猫語なのだろうか。
ジュヌヴィエーヴははななから離れると、ちんまりと座る。リラックスした様子の香箱座りで、顔だけをこちらに向けている。
(おもにここまで……よくぞとうちゃく……ので……おまえらで……よいです……だんじょか)
「意味が通じる、のか」
歓迎の挨拶? 謎日本語で? 一昔前のポンコツWEB翻訳か。人工音声とは違うけれど、あまり猫らしくないフラットな声だ。
ジュヌヴィエーヴの声が聞こえない雨宮は、俺と猫を交互に見ている。
「確かめたいんだが、ここが桜堤ダンジョンの最深部で間違いないのか?」
(そうここ……たしかに……とりま……おちゃでも……かむ)
「お茶は『のむ』だよ、ジュヌヴィエーヴちゃん」
「お茶が出るのかよ」
(でないで……むりので……われおもう)
『猫と話してる?!』
「お話ができるなんて、えらいね」
(にゃるにゃるー)
「やっぱ猫かよ」
はななに向けて目を細めるジュヌヴィエーヴ。
「ジュヌヴィエーヴちゃん、どうやって来たの?」
(しらないの……でもな……だんじょつながるてる)
男女じゃなくてダンジョンだろ。
繋がってるって。
もしかしてダンジョン間を移動するスキルがあるのかも知れない。転移的なスキルが。
ジュヌヴィエーヴが自力で俺たちを追い越してここまで来たとは思えない。流石に猫の活動範囲外だし、自宅からも遠すぎる。
「なら、お前は何のためにここに来た」
白猫はぱっちりと目を開き俺を見る。
(あるじのつかい……たのみごと……あると)




