第三十九話 タロス
『こちらに気付いてないんでしょうか』
「これだけ派手に落ちて来てそれはないだろ」
青銅の巨人は海辺に沿って歩いて行く。俺たちに背を向けて。
今までの魔物は、待ち伏せ系の魔物を除き、積極的に襲って来るものばかりだった。けれど巨人は俺たちに何の関心も無いように見える。今のところは。
『でも無視して通り抜けることもできなそうですよ』
「どうしてだ」
『下の階層があるはずなのに、その入り口が見つかりません』
ここは大きな白亜の丘で、その天辺に俺たちのいる即席小山。ほぼ島の中央だ。周囲は遠浅の海が広がっている。
「海の中か、あるいは俺たちの真下とか」
下への通路が土石に埋もれてなければいいが。というか、この階層は上への通路がない。空を飛べないと戻れないんじゃないかな。
『その可能性はありますが、あれを倒すと通路が現れるパターンじゃないかと』
「ここにきて、そんな設定なのかよ」
『いよいよ大詰めですからね、おそらく』
俺たち三人は座り込んで休憩。はななの〈発振〉で適温に冷やしてもらった紅茶のペットボトルで喉を潤し、チョコレートクッキーを摘まむ。
「あれはタロスでいいのかね」
『それ以外に当て嵌まりませんね』
ギリシャ神話の青銅の巨人。巨大ゴーレムみたいなクレタ島の番人。パトロールが趣味で、踵が弱点。
「ダンジョンの魔物としては別格なのは確かだな。外国では報告されてないのか、攻略法とか」
『ないと思います。落ちてる途中で見た骸骨兵団や蜥蜴人は報告があったはずですが、雪男やデュラハンは私たちが初見かも知れませんよ。ましてタロスなんて』
「気配だけで明らかに強いのが分かるんだよ。あれが実質的に守護者なんだろうな」
『園先さんが慎重なことを言うなんて驚きです』
「俺は無鉄砲じゃないから」
「おとうさん、これ、首無しさんのスキルオーブだよ」
辺りに散らばるドロップアイテムを漁っていたはななが緑色に輝く結晶を見せる。
「どんなスキルだい」
「頭部保護。いかなるショウゲキからも首をまもる」
「ヘルメットかっ」
『あのデュラハンは首持ってなかったですけどね』
「やっぱり首にこだわりがあるんだろう。首から上しか守らないとかだと嫌だな。デメリットは?」
「髪がのびるのびる」
「……ちょっと意味が分からないかな」
『首を持ち易いようにじゃないですか?』
「髪の毛掴んでぶら下げるのか。首って重いから持ち易くはないだろう。もっと上手い持ち方しろよ」
『デュラハン的にはそれでOKなのでは』
「つまり強制ロン毛と引き換えに石頭無双と」
『発毛スキルと考えれば高値が付きそうですね』
「ダンジョン出たら元の木阿弥だろうに」
『夢とはそういうものですよ』
それもまたダンジョンドリームなのか。
「せっかく桜堤ダンジョンの最深に招待してくれたんだ、これはもう踏破するしかないよな。ダンジョンがヤル気なら、こっちも殺る気になってやる」
「やっぷやっぷ」
「ネイティブか」
『でも、もしあのタロスにスキルが通じなかったら、ここは逃げ場がありませんよ』
島の周囲は数キロメートル程。洞窟のような隠れる場所はなく、岩陰もほとんどない。巨人が戦闘モードになったら逃げ隠れできない。
「どれだけ通じるか分からないけど、念のため俺たちを強化しておこうと思う」
『スキルオーブを使いますか』
「そうだ。まずは内訳を把握しよう」
バックパックからドロップアイテムのバッグを出す。詰め込み過ぎてパンパンな状態だ。はなながクロスを敷いてその上にオーブを並べていく。さらに周囲で拾い集めたスキルオーブを加える。
「〈猛牛力〉、〈猛牛力〉、〈猛牛力〉……〈痛刺〉、〈痛刺〉……〈放糸〉、〈放糸〉……〈聴感〉、〈聴感〉……〈重量軽減〉、〈飛行〉、〈飛行〉、〈剛身〉、〈威圧〉」
「たくさんあるな」
「まだまだあるよー。〈共感〉、〈刺撃〉、〈臭跡〉、〈流砂〉、〈匍匐〉、〈隠身〉、〈流血〉、〈遊泳〉」
「あと、〈鱗肌〉、〈凍気〉、〈焔雷〉、〈焔雷〉、〈焔雷〉……〈縛鎖〉、〈縛鎖〉……〈甘露〉、〈甘露〉、〈甘露〉、〈千刃嵐〉」
「〈甘露〉て何?」
『蛆虫のオーブスキルで、甘い香りと味の汗をかくみたいです』
雨宮が手の中でオーブを転がす。
「魔物を誘引するとかかな」
『異性も惹き付けたりして』
「それだとちょっと面倒なスキルな気がする。こっちの〈千刃嵐〉は?」
『たぶん、あの棘の生えた恐竜みたいな、棘雷竜のスキルですよ。切り裂く刃を無数に発射します』
「それは凄そうだね。でもタロス相手だと厳しいかもしれないけど」
青銅の体で弾きそうだ。
俺たちは防御用に〈剛身〉、〈鱗肌〉、攻撃用に〈猛牛力〉、〈焔雷〉、〈凍気〉、〈刺撃〉、補助用に〈共感〉、〈威圧〉、〈縛鎖〉など使用後硬直のないもの、あるいは短いものをそれぞれが取得した。同一スキルを重複取得することで幾分効果を増すものもあった。
無数の刃を飛ばすという〈千刃嵐〉を雨宮が、砂地でないと使えない〈流砂〉を俺が使う。
スキルを取り込むたびに体が発光するので、どうしても目立つはずだが、マイペース巡回中の青銅巨人は完全にスルーしている。おそらく戦闘モードへの移行は、こちらからの攻撃がトリガーなのだろう。
『いいんですか、私で? これは結構強力なスキルみたいですけど』
「雨宮は攻撃手段がショボいんだから遠慮せずにもらっとけ」
雨宮の攻撃スキルは全てオーブスキルだ。俺とはななのコアスキルには大きく劣る。大物相手だと決定力に欠ける。できるだけスキル数でカバーしたいところだ。
〈千刃嵐〉は売ればかなりの値段になるはずだけど、スキルはダンジョン内で使ってこそだろう。JECAに持ち込んでも、下手をすると高額で転売されるだけの結果になるかも知れない。
「体も休めたところで、始めるとしようか」
「はいはいさー」
「大魔王さんですか」
『どんな作戦でいきます?』
「とくに無い。あえて言うなら、全スキル一斉投射。敵を倒すまでそれを続ける」
雨宮が大きなため息を吐く。
『ただの力技ですか。ノープランですか?』
「ちまちま作戦立ててもどうせ狂う。ならば惜しみなくぶつける。様子見はしない」
こんな孤島では地形を利用した作戦も立てにくい。
『タロスの弱点は踵、という件はどうなったんです』
「いい加減な神話なんぞに命は懸けられない」
「とりま、なぐります」
はななもヤル気だ。
「遠距離でお願いね、はなな。安全ポジからの一方的蹂躙。これのみが正解。できないなら戦うな」
『園先さんたちくらい強ければ言える言葉ですね』
「負けるかもしれない勝負に挑むのは、スポーツやゲームだけにしないと。命はベットできないよ」
『勇敢だかヘタレだか分かりません』
「それでOK」
白い丘を下り、悠然と歩く巨人の斜め前に回る。
十分離れているつもりだがタロスの歩幅は大きく、距離感が掴みにくい。古代風の兜の中の顔は青銅のマスクに過ぎず何の感情も見せない。俺たちを見もしない。
「タロスの手札が分からない。二人とも重複できる防御スキルは全て使ってね。合図したら、はななは〈操雷〉と〈隔絶〉と〈裂射〉を全力でぶっ放して。可能ならオーブスキルも大盤振る舞いで。雨宮は〈焔雷〉、〈千刃嵐〉を適当にな」
「はーい」
『私は戦力外ですか』
「予備戦力と言え」
『お二人でダメなら、私じゃぜったい歯が立たないですよぉ』
俺を真ん中に三人で並び、コアスキル〈塞人〉を行使。これは超強力な障壁を生成するスキルで、一方向のみで移動も不可だが、巨大質量にも耐える不可視の防壁だ。今回初めて使う。
そしてタロスはこれに反応。
どうやらスキル展開を攻撃と見做されたようだ。俺たちに向きを変え、左足を前に踏み込み、右拳を振り上げる。地響きと金属が軋むような音が重なる。
すぐに攻撃スキルの有効射程に入る。
「今だっ! 〈遅延〉!〈操重〉!」
「とどろけ、〈操雷〉!〈裂射〉!〈隔絶〉!」
『えっと、〈焔雷〉!〈千刃嵐〉!』
「喰らえ! 〈芯懐〉!〈浄焔〉!〈光芒〉!」
全力全開で畳み掛ける。
途端にキーンと鼓膜が震え、青銅の巨体が揺らめく。
天が割れるような轟音。
〈塞人〉による防壁越しでも、引き込まれそうな重力の乱れが起きる。
動きを止めたタロスの周囲に、焔とも光ともつかないギラつく裂け目が現れる。
それらが猛烈な渦となって混じり合う。
どれがどのスキルの効果かも判然としない。
そして、タロスの姿が歪み、戦士の形は崩れ、島を覆うほどの大量の光の粒子が拡散していく。
「やったー!」
「やったか?」
『うそ、……やったの?』
巨人が踏み固めた浜辺には、俺たち以外何もいなかった。
正直オーバーキルだった。
「ち。雨宮に騙されたな。守護者じゃなかったのか」
『えーっ? でもですね、まさかこれ以上の守護者なんて……』
「おとうさん! おっきな魔石と、オーブもはっけーん!」
白い砂浜をはななが走る。




