第三十八話 落下
「この辺りが限界かな。引き返して野営場所を確保しないと」
俺はターニングポイントを過ぎたことを伝える。これ以上進むと日程に余裕がなくなる。
『もう少しですから二十一層の入り口を確認しませんか』
「近いのか」
『あと三十分も掛からないですね』
「行くだけ行こー」
「そこまで行ったら下りてみたくなりそうだけどな。よし、見るだけってことで」
しかしこの桜堤ダンジョンは、俺たちを帰すつもりはなかったのだ。
ゴルゴンを倒した後も嫌な気配が消えないことをもっと警戒すべきだった。モヤモヤとした不快感。これがオーブスキル〈危険察知〉による警告だと気付けなかったのは完全に油断だ。コアスキルに劣るオーブスキルという思い込みもあった。
突然、景色が激しく揺らいだ。
地面が浮かび、沈む。まともに立っていられない。
「またダンジョン震か!」
はななを屈ませて支える。低い姿勢で地面に手をつく。前回のダンジョン震よりもはるかに強い揺れだ。足下から轟音が伝わる。
「なっ!」
いきなりの浮遊感。
周囲が一気に上昇し、岩の壁に囲まれる。
「はあっ?!」『ええーっ?!』
ウソだろ。足下が、底が抜けた。
直径十メートルほどの地面が、俺たちを乗せたまま、高速エレベーターのように下りていく。落下している。
体が浮き上がりまともに動けない。しっかりはななの手を掴む。雨宮は俺の膝を抱え込んでいる。
暗い壁面が凄い勢いで昇っていく。即席の吹き抜けを作りながら。
そして突然のドンという衝撃に尻餅をつく。
『あ、いま、二十一階層を、過ぎました!』
「まさか、階層をぶち抜いて落とす気なのか。なら〈飛行〉で離脱……」
見上げた俺の目に魔物の大群が映った。
二十一層の魔物が侵入者を追い掛けて次々に飛び降りる。巨大な蛆虫だった。白くぶよぶよとした体をくねらせて。らしくない素早さだ。
あの数で塞がれたら速度に劣る〈飛行〉で抜けるのは無理だ。
そしてまた衝撃と轟音。次の階層を突破していた。
『……二十二層過ぎました!』
「雨宮! この状態でも〈地図〉できるのか?」
『……できますっ! いまは通路無視の、落下中ですけど』
今度は骸骨軍団が整然と、そして一斉に飛び降りる。
こいつら待ち構えてたのか。
片手剣と丸盾を装備したスケルトンだ。こんな乱暴な階層突破は許せないのだろう。俺たちのせいじゃないのに。
二十一層はマゴット層、二十二層はアンデッド層か。どちらも魔物の密度が凄い。
『二十三層! リザードマン、でしょうか……』
槍と革鎧で武装したトカゲ頭の戦士たちが続々と飛び降りる。もはや頭上は魔物がびっしりの魔物天井になっていた。このまま底に着いたら埋め潰される。
地面の落下速度が落ちてきたのか、俺たちの重心は戻っている。なんとか足を踏ん張れる。階層を貫く衝撃も弱まった気がする。おそらくこれはそういう仕掛け、落とし穴の罠なのだ。けれど俺たちを追う魔物たちはそのままの加速度で落ちて来る。
巨大蛆虫の群れはもう眼前に迫っていた。
「〈遅延〉! はなな、真上に〈裂射〉をお願い!」
「はいっ。くだけちれ、〈裂射〉!」
はななが放つ円錐状の破砕空間で、光の粒子になる魔物たち。
飛び降りてくる魔物の群れを殲滅していく。
頭上でオーロラが荒れ狂う。
けれどそんな派手な光景を眺める余裕もないまま、俺とはななは〈遅延〉と〈裂射〉を放ち続ける。
『二十四層! えっ、雪?』
冷たい風と共に雪が吹き込む。巻き角を生やした白山羊が俺たち目掛けてジャンプ。白く長い毛に覆われた巨人も続く。
「〈遅延〉、〈遅延〉、〈遅延〉!」
「〈裂射〉、〈裂射〉、〈裂射〉!」
『……ヤギ? 雪男? 雪山層なの?』
「雨宮、階層よりも着地タイミングを教えてくれ!」
『底はまだみたいです! 〈地図〉に予感がありません!』
とうとう雨宮の予感頼みになってしまった。
もう探索は滅茶苦茶だ。地上までまともに戻れる気がしない。桜堤ダンジョンはチートな仕掛けを使ってきた。このまま最深部まで落とすつもりなら、俺たちも覚悟を決めよう。
発想が漫画レベルだが、着地の直前にジャンプしてやる。三人とも〈飛行〉取得済みだしな。俺とはななは〈御動〉全開でなんとかなるだろう。雨宮も、きっと一人で出来る子。
今は頭上の掃除が最優先。
『二十五層! 今度は、砂? いいえ、塩?!』
「やたら派手な、蜂が来るぞ!」
塩湖の層なのか大量の塩が降る。それに交じって光沢のある巨大蜂の群れが向かって来る。こいつら落下速度を上回るスピードで飛んでいる。くそっ、速い。
「〈遅延〉!」
「〈裂射〉、〈裂射〉、〈裂射〉!」
凄まじい勢いで渦巻く光の粒子。
もはやオーロラというより光の坩堝だ。それでも塩の雨は容赦なく降り注ぐ。塩シャワーは遠慮したい。
「〈遅延〉! はなな、塩は細か過ぎて〈遅延〉が効かない。〈絶界〉で傘を!」
「へだてよ、〈絶界〉!」
はななが伸ばした手の先に障壁が出現する。
三人で身を寄せ合いその下に入る。
ざあざあと降る塩が接触し、不可視の障壁が視認できる。はななは円錐形の傘を作ったようで、滑らかに塩が流れ落ちる。もし平面にしてたら塩が積もって障壁を消去できなくなっただろう。はなな賢い。
防御障壁を生成するコアスキル〈絶界〉。初めて本来の使い方をしたんじゃないかな。いつもは拳の先に障壁を展開して、魔物を殴り殺すのに使っているから。
『二十六層! やたら暗いですけど、何かが……!』
「黒馬さん? 人がのってるよ」
塩の雨が途切れると、逞しい軍馬のような黒毛の馬が、騎乗者もろとも飛び込んで来る。大剣を構える不気味な騎士。幾つもの鬼火を引き連れている。
「デュラハンかよ。首無し騎士だね」
俺の〈遅延〉で速度を落とし、スローモーションで迫ったところを、はななが〈絶界〉を拳に収束、懐に潜り込んでワンパンチ。馬ごと爆散させる。
娘よ、そうせずにはいられないのか。危険な超近接戦。お父さんは肝が冷えるよ。
デュラハンに従っていた鬼火たちは別の魔物らしい。俺が〈光芒〉のレーザーで全て消し飛ばす。
『もう二十七層です! 今度は、霧?』
「うわっ、デカいぞ! 〈遅延〉!」
一体で頭上を塞ぐほどの怪物が降って来る。
全貌が見えないが、どうやら首と尾の長い爬虫類らしい。首に沿ってたくさんの長い棘が生えている。
その恐竜じみた巨体が頭上を塞ぐ。攻撃力云々ではなく、その重量で圧し潰される。逃げ場もない。
はななが拳を構える。
「これは大き過ぎるよはなな、怪我するよ! 〈遅延〉、〈芯懐〉!」
ゆっくりと落ちて来る恐竜が唐突に痙攣する。
俺の〈芯懐〉で内側から蝕まれ、さらにはななの〈裂射〉で眩い光の粒子となって消え去った。
『二十八層! ジャングル、ですかね……』
「こんなに生い茂ってるのは初めてだな」
しゅるしゅると蔓植物が伸びて来るが、流石に動きが遅いので追い付けないようだ。これは放置でいいだろう。
『二十九層です! これは、地下牢なんでしょうか』
通路と岩の格子で仕切られた構造らしい。
ちらと見えた範囲には囚人らしき者はおらず、獄吏の魔物ばかりが殺到する。鉈を手にした灰色肌のでっぷりした体形だ。人型ながら酷く歪んだ顔が不気味。
飛び込まれるのを待つこともないので、思いっきり〈浄焔〉をばら撒く。
これは連鎖爆発を引き起こす強烈な範囲攻撃だが、ダンジョン内ではあまり使いどころがない。自分たちも巻き込まれるからだ。けれど通り過ぎざまに無責任に放つならもってこいだ。
あたかも階層全体が焼却されたかのような炎が吹き荒れる。
『うわぁ。今のは、園先さんのスキルですか?』
「かもしれない」
『まだあるんですね、コアスキル。えげつなくて、流石です』
「褒めてねーな」
そしてまた階層突破の轟音。衝撃にふらつく。
『とうとう三十層ですよ! ここは、火山地帯? あれは……』
「ついに、ドラゴン登場か」
「かっけー!」
全身を灼熱させた竜の群れが一斉にこちらを向く。
先を争うように駆け出す。
火焔竜というヤツかも知れない。どれもが体長十メートル超え。口の端から炎が漏れ出ている。翼があるから恐竜というよりやはり竜だ。巨体のくせに動きが速い。当然火を吐きまくるんだろうな。
躊躇いもなく飛び降りる竜たち。
意外に仲が悪いのか、焔を吹き合って牽制している。でもダメージはないようだ。火には耐性があるんだろう。
「〈遅延〉、もひとつ〈遅延〉っと」
「いてつけ、〈発振〉!」
頭上を塞ぐ竜たちの体色が黒ずむ。動きがなくなる。
体温を極端に下げたのだ。凍り付くレベルで。これでは流石に火は吹けまい。
「くだけちれ、〈裂射〉、〈裂射〉、〈裂射〉!」
はななの〈裂射〉三連射で竜たちは止めを刺され、全て光の粒子となった。
『三十一層! 大変です、底に着きます!』
いきなり明るい海と白い砂浜が見えた。
とても地底とは思えない眩しい景色だ。
「〈遅延〉!」
足下に〈遅延〉を掛けるがほとんど速度は落ちない。さすがに重過ぎるのか。
「〈飛行〉を使って上に! できるだけ離れるよ!」
俺たちの体がふわりと浮き上がる。今まで乗っていた足場がゆっくりと離れていく。初速の遅い〈飛行〉では落下速度を打ち消し切れないだろう。間に合うかな。
「はなな、もう一度、傘を出して!」
「へだてよ、〈絶界〉!」
直後、凄まじい石の雨に見舞われる。
〈遅延〉で落下速度を下げた魔石とドロップアイテムが降り注いでいた。はななの〈裂射〉の巻き添えで砕けてしまった破片も大量だ。
ドドドドンという轟音と共に、三十一層の地面に到着。
「ぐぎゃ!」「うわあぁ!」
「じゃーん」
屋根から飛び降りたような衝撃に、尻餅を突いて転がる俺と雨宮。
はななは腰を落としたグ〇コポーズで華麗に着地。
ちっ、これが若さか。いや、俺はバックパックの重さでバランスが崩れただけだし。手ぶらなら余裕だったはず。親子グ〇コができたはず。
ぶち抜いてきた十一層に及ぶ地面は、膨大な量の土石となって積み上がり、不格好なボタ山を築いている。
その頂上に俺たちがいた。
「げほ。随分とまた強引に落とされたもんだ。ここが最下層でいいのかな」
雨宮は土埃を払うと、ゆっくりと周囲を見回す。怪我はないようだ。惨状の割に土煙が少なく見通しはいい。
天井は明るく、白亜の丘と砂浜が海そっくりの水面で囲まれている。その先には青い水平線が見える。いくら何でも広過ぎるから幻影だと思いたい。
つまりここは孤島ということだ。
『違うようです。ここにはダンジョンコアはないみたいです。この下が最下層になるかと』
「で、あれがここのボスと」
『そうとしか』
この階層の魔物の気配はたった一つ。おそらく他に敵はいない。
これまでで最大にして圧倒的な存在感。
身の丈十五メートル。古代ギリシャ戦士の全身像。
青銅の巨人が海辺を悠然と歩いていた。




