第三十七話 蛇女
「飛んだ、とんだー!」
空中に浮かんだはなながぐるりと縦回転。頭を下にしたまま両腕を広げて俺に向かって来る。
「おとうさーん!」
「はななー!」
俺も腕を広げて迎え入れる。
ひしっと父娘抱擁。
雨宮に続いてオーブスキル〈飛行〉を取得したはななはノリノリ。
まあ、あれだ。名作アニメの真似をしただけだ。一分間でできる遊びはこれくらいか。一人分の重さしか飛ばせないようで、俺の体まで浮くことはなかった。
なんとなく雨宮よりはななのほうが速く飛んでる気がする。センスの違いか、それとも体重の差か。
「できたー」
「よかったね」
『次は私、わたし』
大人同士だと痛いよこの遊びは。けれど雨宮の豊かな胸部装備を思うと心が揺らがないでもない。
「一時間後にまだチームだったらな」
『階層の地図は見えても、このチームの一寸先すら見えないなんて。まだ捨てる気ですか』
「荷物持ってもらってるから置き去りにはしないよ」
『そうでなくても置き去りは酷いです』
ドロップアイテムと魔石の一部を雨宮に持たせている。ちゃんと分け前もやるから。
雨宮の先導でしばらく進むと、滑らかな岩肌の崖ばかりになった。黒光りする質感に変わっている。揃えたように垂直なせいで人工的な印象だ。
「ヘンな気配があるな、ここ」
「魔物いる?」
気配というか嫌な予感に近い。足が重くなるような圧を感じる。
『道は合ってますよ。何か潜んでるんでしょうか』
「おとうさん、洞穴があるよ」
「え、どこ?」
「あそこー」
はななが前方の崖下を指差す。
『ありますね、谷が曲がるところに。分かりにくいですが』
「……マジ?」
ヤバい。全然見えない。中年視力の限界か。まだまだ若いつもりなのに。身体強化にも年齢の壁があるのか。
「あ。あー、ホントだね……」
『いいんですよ、私がヘルプしますから』
「おとうさん、いつもありがとう」
優しさが痛い。心で泣いた三十代ど真ん中。
しかし改めて気配を読むと、その洞穴が見えるようになった。そこだけ自然形状の岩の裂け目。何かが潜んでいるようだ。
『待ち伏せか、罠かもしれません』
「やり過ごすのは無理そうだね。後ろから追い立てられるのも嫌だな。誘い出すか」
『また群れで出てきたりはしないでしょうか』
「気配が大きいけど、単体なのか群れなのかハッキリしないんだ」
「おとうさん! 出てくるよっ!」
俺たちの準備を待ってはくれないようだ。
シャッシャーという音が空気を震わす。魔物が立てる音だろうか。そして洞窟から現れた姿に唖然とする。
それは人間の女を思わせる裸体。白過ぎる肌が異様だ。さらに下半身は青黒い鱗に覆われた長大な蛇。吊り上がった両眼は黄色く明滅し白髪が蠢くという、不吉極まる相貌だった。
「あれ何?」
『ゴルゴンじゃないでしょうか。ガーゴイルもいたことですし』
「それただの石繋がりじゃね。ラミアとかいうヤツかもよ」
『でも目がチカチカしてますし、そうとしか思えないです』
「目が合ったら石になるのか、それとも見られただけでアウトなのか」
『知らないですよ』
「ナビが雑魚な件」
『そんなぁ』
「わかて、〈隔絶〉!」
ギィンと首を竦めたくなる響き。
俺と雨宮がぐずぐずしているうちに、はななが攻撃していた。
ちょうど人型と蛇の繋ぎ目が切り離され、血を吹きながら縮こまる大蛇と、地に落ちて砕け散る人型とに分かれた。
「あれって、人の部分は石像なのか」
『ヘビが本体と?』
吹き出していた血が止まると、蛇の切り口に白い物が覗く。みるみる盛り上がり、女の上半身が生えてくる。
『うそ、再生しましたよっ!』
「〈操重〉」
ごつんと音を立て人型が地に落ちる。これで光る目をこちらに向けることができない。蛇部分もぺったりと地面に押し付けられる。でもまだ死んではいない。
俺とはななで接近する。
「はなな、凍らせて」
「ひえひえ、〈発振〉!」
青黒い大蛇がピキピキと凍り付く。一瞬で霜に覆われる。
やがて光の粒子になって消え、後には魔石とスキルオーブ、そして石像が残った。
石像はドロップアイテムなのか、それともゴブリンの棍棒みたいに武器扱いなのか。
駆け寄ろうとするはななを止める。
「待ってはなな。危ないよ」
石像の黄色い目がまだちかちか光っている。怪しい。邪眼系の呪いがあるかも。嫌な感じも消えていない。
俺は〈操重〉を重ね掛けし、さらに加重する。石像がひび割れ、そのまま砕ける。
「まだ光ってるー」
白い破片に埋もれても、目玉の明滅は止まらない。
石像二体分で四個。目玉だけで生きてるのかな。大きさは人間の眼球サイズ。まあ目玉だしな。以前の探索でも〈目玉〉という視覚を飛ばせるマジックアイテムが出たことがあった。だからこれもアイテムなんだと思う。
「よし。雨宮隊員、拾って調べるのだ」
『ここは男性が。理屈ではなく勇気が必要な場面ですから』
「わたしが見てみるー」
「待て、はなな。雨宮と父さんがやるから」
『……カッコ悪ぅ』
明滅する目玉は〈ゴルゴンの右目〉と〈ゴルゴンの左目〉というマジックアイテムだった。
それが二セット。邪悪な右目で石化を、公正なる左目で石化解除という、セットアイテムだ。蛇のような瞳を相手に向けて念じれば発動する。実際に石になるのではなく麻痺硬直の効果があるようだ。
正体が分かってしまえば単なるイルミナティックなスキルアイテムだ。左右のリストバンドにセットして使いたいという、はななの中二なアイデアを叶えることにして、取り合えずバッグに仕舞う。
『やっぱり石化女でしたね』
魔石を回収した雨宮。
「オーブのほうは?」
「〈再生〉。ケガがすぐなおる。かけた部分が生えてくる」
「自動治癒と再生か。それは凄いな」
『探索者垂涎のスキルじゃないですか。治癒スキル要らずですよ』
「デメリットは」
「そのぶん体がちぢむ」
「え? なにそれ」
『怪我が酷いと小さくなるってことですかね』
「腕一本を再生させたら、体がそれだけ小さくなるのか。再生の材料が自身の体なのは怖いな。使いたがる人いないだろ」
ダンジョン探索で怪我するたびに縮む体とか。とんだホラーだ。ところが雨宮の鼻息が荒い。
『何言ってるんです、大人気に決まってますよ。小さくなりたい需要を甘く見てます。小柄になって小顔になるとか、どんな美容魔法ですか』
「さすがにそれは。大怪我前提だよ。なんか違うんじゃないか?」
「へー」
俺とはななは顔を見合わせ首を傾げる。




