第三十三話 フロアコア
「困ったな。いい場所がないぞ」
「お弁当ひろげられないね」
「腹減ったよな」
狭く湿った通路ばかりが続き、ランチタイム向きの場所がない。
『それならあそこはいかがです』
雨宮が電気槍で指し示す方に高台らしき場所が見える。
そこは周囲に堀を巡らせ、平らに整地された舞台のようだった。
「何もないようだけど、特別な場所じゃないのか」
隆起した根のような石橋を渡る。馬鹿げた大きさの切り株を思わせる舞台の上は、お誂え向きの休憩ポイントだが、それはここがダンジョンでなければだ。
「おとうさん、上、うえ」
はななに袖を引かれて見上げると、真上の天井が大きく窪んでいて、子供の握り拳ほどの結晶が嵌っていた。青い光を放っている。
「あれ何だろ」
「お宝、おたから」
『あ、あれはフロアコアだと思います。初めて見ますよ』
「フロアコア。確かあれって露出してないんじゃなかったっけ」
ダンジョンコアはダンジョンそのもののコアだが、フロアコアはその階層の中心であり、通常は岩塊に埋もれていたり、手の届かない所に隠されている。これは天井にある核が偶然露出しているのかも知れない。
世界でも発見例は少ないはず。むしろダンジョンコアよりレアなのだ。
『たぶんダンジョンコアの子分で、それぞれの階層担当ってところですね』
雨宮がぐるりと周囲を見回す。
『ここは安全ですよ。あれのおかげで魔物が寄り付かないのかも知れません』
「分かった」
ビニールバケツに水を出して手を洗い、バックパックをテーブル代わりにレトルトランチを並べる。
俺とはななはトマトチキンピラフ。雨宮はカロリーの高そうなパスタ。どちらも青い光で照らされて、とても不味そうだ。白色LEDライトを点けてもあまり見た目は変わらなかった。
俺とはななの分は〈発振〉で加熱してある。雨宮のは〈常温で美味しいシリーズ〉なのでそのまま。ホントに美味いのかな冷めたカルボナーラ。
オレンジとリンゴ、チョコレートも付ける。
『〈清泉〉はうらやましいですね。水が自在に出せるのは、ダンジョン深部では欠かせないスキルです』
「長丁場になるほど貴重だろうな」
この階層以外では水場を見たことがない。ここの水も飲用可能か不明。
「フロアコアでもスキル取得できるのかな」
食後のお茶を飲みながら天井を見上げる。
『できるとも、できないとも聞きますね。発見例が少ないので検証が十分ではないんでしょう。あの高さでは手が届きません。どうしようもないですよ』
「それは何とかなりそうだけどさ。ここでスキルを取ると、コアも階層も消滅するのかなと」
〈御動〉で身体強化すれば手が届くと思う。ただその結果がどうなるか分からない。
『あ。それってどうなるんでしょう。この階層だけ消えるとか、でしょうか』
「この階層だけ消えて、上下の層が繋がって下層が繰り上がる。または上下の層が断絶して行き来できなくなる。どうなるかな」
『断絶はまずいですよ。踏破できなくなります』
「もう誰かが実行してるとは思うけどな」
『試すのはやめましょうよ』
「そうだな」
食後のゴミの片付けとトイレを済ませる。
俺たち以外に誰も来ないがうんち石はちゃんと置く。エチケットとはそういうもの。
水路沿いを雨宮に続いて進む。水路の幅は飛び越えるには厳しいくらいはある。地面もごつごつしていて歩くのに神経を使う。
迷うことなく進んで約一時間、雨宮が立ち止まり、手振りで俺たちを屈ませる。
『あそこ。何かいます』
緩い斜面になった水路岸に二匹の魔物がいる。薄暗くて細部が分からないが人型のようだ。青緑色にテカっているから魚人かな。こちらに気付いたようで小走りに駆けて来る。
『ぜんぜん魔物がいないから不思議だったんですが、ようやくお目見えですね』
いや、もう百匹近く仕留めてるけど。
魔物が姿を見せる前に全て水中で倒してるから魔石も回収できていない。さっきのランチタイム中も、舞台に登ろうとするやつらを片っ端から沈めていたのだ。フロアコアの傍だから魔物が寄って来ないというのは雨宮の勘違いなのだ。気配だけなら今見ている魚人ももうお馴染みですらある。むしろこの階層は魔物が多い。
知らぬは雨宮ばかりなり。
「はなな」
「ジャアクよ、くだけちれ。〈裂射〉」
ザザッと空気が震える。
伸ばしたはななの右掌から円錐状の破砕空間が発生する。集束させているので射線さえ通ればこの距離も問題ない。
悲鳴も上げられずに魔物たちがミンチになって消える。
『……うそ。なんです、これ……』
はななのコアスキル〈裂射〉の威力に驚く雨宮。
特大の散弾銃で前方を吹き飛ばしたかのようだ。通路の壁面もボロボロだ。跳弾は発生しないのでこちらに危険はない。
「何の魔物かは雨宮に魔石をチェックしてもらおう」
『は……はい、お任せください』
「サカナさんみたいだったよー」
水中から襲うパターンは止めたのだろうか。
魔石を拾った雨宮がしばし目を閉じる。顔は見えないから、たぶんだが。
『魚人、だそうです』
「まんまかい」
「スキルオーブあったー」
はななが拾いたがるからオーブはスルーしてくれたようだ。サンキュー雨宮。
はななが嬉しそうにオーブを掲げる。
「やったー。おとうさん、〈遊泳〉だよー」
「おおー。まんまだな」
魚人のスキルならそれしかないよな。〈産卵〉とかじゃなくて良かった。
「プールの日につかえるね」
「それはズルだよ。いくら水泳が苦手でも」
「十メートルは泳げるもん。泳いだもん」
本当に十メートル泳げるならもっと泳げるはずだよ。沈まずに進む距離がそれくらいなんだろう。ゆっくり沈んでるだけとも言う。
はななは泳げないのだ。別に幼い頃に溺れたトラウマとかではなく、単純にカナヅチなのだ。
「これで夏休みはせいしたのだー!」
『あの、スキルって外では使えませんよね』
「まあ、気分だよ気分。あくまでな」
俺たちがスキルの力をダンジョン外でも限定的ながら使えることは雨宮に話していない。伝えるつもりもない。はななにも改めて釘を刺さないと。
「おっと」
ふいに人の頭ほどもある水の塊が通り過ぎた。
離れた水路から飛んで来たようだ。水面が乱れている。これも魔物の攻撃だろう。速度は大したことないとはいえ、この距離を飛ばして水弾が崩れないのは凄いな。
〈探知〉の範囲を狭め感知距離を伸ばす。
攻撃してすぐに潜水したようだ。気配を辿ると確かに水中にいる。また浮上してくる。
射弾観測のつもりか再び頭を出したところで〈遅延〉を掛ける。
ぱっくりと大口を開ける銀色の魚。形はコイに似てるけど顔だけで判別できるほど魚に詳しくはない。頭の幅だけで五十センチもあるから、かなりの大魚だ。
魔物は〈遅延〉を掛けられても状態異常に気付かないらしく、そのまま動き続ける。ゆっくりと。
「鉄砲魚かと思ったけど、どうなんだろ。あそこじゃアイテム拾えないから、このまま父さんがやるね」
さらに〈操重〉で数十倍の体重にすると、あっと言う間に沈み、大魚の気配が消える。




