第三十二話 風船と水路
『おめでとうございます。桜堤ダンジョン探索最深レコードですよ』
雨宮が振り返り、電気槍を右手に持ったまま両腕を広げる。廃墟構造そのままの殺風景な広場だった。荒涼や荒廃という言葉の似合う場所だ。
「そっか。自衛隊もここまでしか来てないのか」
『そうです』
「それで、倒せなかったという魔物は」
前上方の一点を電気槍で指し示す雨宮。
『あれです』
小さな黒雲が忽然と現れた。
水に墨汁を落とし込んだようにもくもくと広がり、さらに雲らしからぬごつごつとした外殻が作られていく。無数の鋭い突起も生えてくる。巨大化しながらゆっくりと近付いていた。
差し渡し五十メートルを超える不定形の不気味な飛行物体だ。真っ黒な入道雲にも見える。
「何あれ」
『爆弾雲(仮)です。可燃性ガスの吹き下ろしと、落雷の雨で範囲攻撃する強敵です』
「あー、それは大変だね。ひとたまりもないな」
火炎流みたいな攻撃かな。落雷なんて回避不能だし。先に撃たれたらお終いだ。
「すごーい。おっきい」
こどもスマホで撮影するはなな。照度不足でノイズが酷いんじゃないかな。
空飛ぶ巨大な魔物に興味津々だ。
『あの、さすがに緊張感なさすぎでは。油断したら危ないですよ。あれが真上に来たらドカンです。消し炭にされちゃいま……あれ?』
雨宮が言い終わる前に、爆弾雲の巨体が傾ぐ。そして少し縮んだように見えた後、輝く霧となって消えていく。サッカーボールほどもある魔石が落ちるのが見える。
『ど、どうして……』
雲が巨大化した時点で、コアスキル〈芯懐〉を撃ち込んでいた。発動が遅いので動きの速い魔物には使えない。
対象の重心位置から連鎖的に破壊が広がる攻撃スキルで、破壊開始点は選べないもののその威力は絶大だ。
「ぴかーが撮りたかったのにー」
「それが見えたらもう遅いからね。近付く前に片付けないと」
〈包殻〉で防げるかもしれないが、そうでなければ丸焦げになる。魔物威力調査なんて余所に任せておけばいいのだ。
はななが魔石を拾いに行くのを見送る。周囲に他の魔物の気配はない。
『ふう。私が〈地図〉を捧げただけのことはありますね。これほどとは』
「捧げんなよ。謹んで返すから」
はななが魔石を抱えて戻る。見るからに重そう。はななも〈御動〉で身体強化しているから落としはしないけれど。
『このサイズの魔石だと、十数万はいきそうですね』
直径二十センチ超か。持ち帰りたくないが、放置するには惜しい金額だ。
雨宮が魔石に触れる。
『魔物名は自滅天蓋だそうです』
「恐ろしや。最後は自爆するのかもな。廃墟なわけだ」
ここの地形は元からだろうけど。
「雨宮は重量軽減のマジックアイテム持ってる?」
『いえ、あれはチーム管理なので持ってないです』
「魔石をそのまま放置すると魔物の再発生が早まるってホントなのかな」
『どこまで検証されているか分かりませんが、たぶん事実だと思いますよ。ダンジョン内で拾われない魔石はすぐに消滅しますし。還元されると聞いてます』
だとするとこのサイズは無視できないか。自滅天蓋がすぐに復活したら危険だしな。バックパックを詰め直して何とか魔石をねじ込む。重量軽減があってもずっしり感じる。
魔石を放置すると消えてしまい、人が持っていると消えないとか、釈然としない。どんな仕組みだろうか。
「もう風船はでないの」
「たぶんこのフロアのボスみたいだから、復活にはちょっと時間が掛かると思うよ」
そこからはひたすら歩き、巨大風船にも疾風鰻にも遭遇することなく第十七層を横断した。
第十八層への通路は石段の続く下りトンネルという、よくある構造だった。慎重に下りて行く。
「なんかヒンヤリしてるというか、湿気があるな」
『ここからはすべてが初めてですが、海外のダンジョンでは水没した階層の例がありますね』
「もしそうならお手上げだ。水中装備なんて持ってないぞ」
暗い階段を下るにつれて水の匂いが強くなる。
「きれいだよ、おとうさん」
そこには青く光る地下水路網があった。
複雑に交差する水路とその側道。ナトリウムでも析出しているのか、細かな結晶が白い筋を見せる石壁。そして荒々しい岩を積み重ねたような大柱。
澄んだ水は流れもなく静かで、深く、青い光をその奥底から発している。神秘的な光景ではある。見通しは悪いものの閉塞感はない。
「放射線とか大丈夫かな」
『大丈夫です。空間線量も特異な数値は出てないですね。地上と大差ないですよ』
手にした簡易式の放射線量計をチェックする雨宮。それも探索者用ツールなのか。光が本当に放射性物質によるものだったらこの時点で既にアウトだけど。
水路に沿った通路は濡れているところもあるが、とくに滑り易くはない。ただし水中から何か現れるのは間違いないだろう。〈探知〉は全開で。
「ここは地下水道とかのイメージかな」
『浸水した雑な迷路って感じもしますけど。こっちですね』
周囲を見回し、選んだ通路を進む雨宮。続く俺とはなな。
「足下気を付けて。大体でいいからね」
ノートに書き留めつつ歩くはななに注意する。俺も顔料系のマーカーで壁に矢印を書く。雨宮から遅れないように手早く。あまりナビだけを先行させると危険だ。
「雨宮、ストップ」
『どうしました』
「そこ、何かいる」
広い池の畔で立ち止まる。水面と石壁に挟まれた、動きを制限される場所だ。
青い水面に気泡が浮かび上がる。その下に何かいる。〈探知〉にも反応があるが、深い水中のせいか強弱が曖昧だ。
「雷撃だとお釣りが怖いしな。水中は厄介だね」
俺は〈操重〉で魔物に加重する。三十倍くらいで。
水中だと圧し潰すのに時間が掛かりそうだけど、これなら浮上することはできないだろう。
「よし。今のうちに渡ろう」
すぐに魔物の気配が消える。姿を見せぬまま圧死したようだ。
「おとうさん?」
「うん。でも、これだとどんな魔物か分からないし、魔石もドロップアイテムも拾えないな」
全て水の底だ。もちろん拾いに行く気にはなれない。
とはいえ魔物が水面に出るのを待つこともない。




