第三十一話 ウナギですか
「アットホームですね。お早うございます」
「うるせえよ。おはよう」
簡易テーブルに並んだ朝食を見て雨宮が微笑む。
家庭用の保存パックから出した、切り揃えた食パンやゆで卵、スパイシーハムとチーズ、ホイルで包んだポテトサラダ、丸々のオレンジ、こっそりはななの〈発振〉でシャキシャキに戻したレタス。確かに生活感丸出しだけどな。父子家庭だからこんなもんだよ。
雨宮はまたアルミラミネート入りのレーションもどきだ。
雨宮にもお茶とオレンジをお裾分け。
「ありがとうございます。これ美味しいんですけど、ちょっと飽きまして」
保存性が優先だから仕方ないだろう。俺たちもダンジョン内でさらに何日も過ごすことになれば、食べ物が一番のネックになる。大きなチームや企業探索者たちにはポーターやら補給スタッフが付くのだろうけど。
今は〈清泉〉があるから水には不自由しない。それだけでもまるで違う。万一のサバイバルを想定して、粉末ジュースや固形スープなども用意してある。
「しっかり食べてね」
「「はーい」」
娘に言ってるのに。
ダンジョン内では昼も夜もないが、今は朝だ。
時計を睨んで自分に言い聞かせる。体内時計の微調整だ。なるべく地上でのタイムテーブルを維持する。
後片付けを済ませバックパックを背負う。
固定不可侵結界の〈包殻〉を解除する。
魔物に囲まれた目覚めではなかった。案外この袋小路は野営向きの場所だったのかも知れない。就寝中に近くで魔物が湧き出すこともなかったようだ。
「では、ここからは私がご案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
「お願いされました」
雨宮がはななと笑顔でハイタッチ。仲良しなのは結構だが、娘から篭絡する気かね。
パーカーのフードの中の顔が消える。〈隠身〉を発動したようだ。姿と気配を消すスキルだが、身体強化の効果もあるそうだ。案内人がスタミナ切れでは話にならないしな。ただし防御力はお察しなので俺たちで守ってやらないと。
小一時間で第十七層への傾斜路に到達していた。
雨宮の〈地図〉のお陰だ。
構造が変化した十六層の迷路も難なく通過できた。分岐路があっても少し観察するだけで正しい経路を見抜く。空気の流れを感じたり、音響探査でもしてるのだろうか。空気は読めないのに。
それでも俺は要所にテントウムシくんを貼り付ける。属人的なスキル頼みは怖い。任せっ切りだと雨宮と逸れたらリカバーできないからだ。はななもそれが分かっているのかノートに経路図を描いている。
『私がナビに徹して、お二人に魔物を任せると、驚くほど捗ります。もとのチームだとこうはいきません』
「持ち上げてくれるのはいいが、〈S級冒険者たち〉ならそれなりに攻撃スキル持ちがいるだろ」
『こんな深層で魔物の群れを一瞬で殲滅なんて無理ですよ。リーダーは〈斬切〉と〈刺突〉を持ってましたけど、この層の剣蜘蛛を一撃では倒せませんから。オーブスキルではクールタイムのあるものも多いですしね』
「コアスキルは珍しいのか。いや、珍しいよな」
『そうですよ。ダンジョンコアからしか出ないんですから。ダンジョン一つにつきコアスキル一つです。望んで手に入るものじゃないですよ』
顔のない雨宮が振り返る。
『お二人がどうしてそれだけのコアスキルを揃えられたのか、どう考えても分かりませんね。コアスキルをドロップする魔物でもいるんでしょうか』
「どうだろうな」
雨宮は俺とはななが四、五個のコアスキルを持つと思っているはずだ。使って見せたスキルがそれくらいだから。
実は十五個を超えるとは伝えていない。
日本で発生するダンジョンは、わが家の庭先ダンジョンを除くと、毎年七つ程度。発生場所もランダムだ。ここ数年は発見次第踏破消滅させる方針らしく、国内で得られるコアスキルもほぼその数になる。
これは決して多い数ではない。同一の個人が新ダンジョンの踏破に連続して関わるのは難しいし、組織的に踏破するにしても、得られたコアスキルを特定の探索者に集中させるとも思えない。コアスキル自体が希少なので複数持つ者は少ないはずだ。
俺とはななは異常なのだ。
『いよいよ次の第十七層がこの桜堤ダンジョンの最深到達階層になります。JECAも陸自も損耗に見合わないと判断した階層ですので覚悟してくださいね』
雨宮がサムズアップ。
『きっとお二人なら鼻歌レベルでしょうけど』
「ハードル上げんなよ」
「わたしがうたう」
「唄うなよ」
下層への長い傾斜路は、所々石段状になっていたり、荒い岩肌だったりの悪路だったが、最後は細かい砂利の扇状スロープで終わっていた。
「遺跡? いや、廃墟か」
「明るーい」
第十七層は、崩落した建物や積み重なった瓦礫が散乱、堆積する広大な空間だった。もちろん人工物ではなく廃墟を模したかのような岩塊の集まりなのだが。
そしてはななの言う通り、天井や壁面の発光がこれまでの階層より強くなっている。ダンジョンの暗さに慣れた目には満月の夜より明るく感じるほどだ。高い天井の岩襞が曇天の雲のようにも見える。
魔物の気配は感じない。近くにはいない。
「十八層への通路はどっちだ」
『こうした大空洞のお約束で反対側ですね。どうします、遮蔽物も多いですけど、とても危険な最短ルートにしますか?』
「雨宮がいるメリットはそれだろ」
『さすがですね』
炭のように黒い破砕岩の混じる地面を、しっかりと踏み締めながら進む。
襲来する肉食蜂の群れをコアスキル〈操重〉で殲滅。扱いに慣れたせいか発動速度も精度も上がった気がする。最初は範囲指定が曖昧で、群れる魔物だと漏れることもあった。静かに殺せるので気に入っている。重さで強引に圧し潰すという恐ろしいスキルなのだが。
「おとうさん」
「うん」
『どうしました』
「雨宮の友達が来たよ」
『まさか……もうイヤですよ』
前方で一気に膨れ上がる気配。すすス(すけすけスネーク)だ。
姿の見えないその正体は、全長二十メートル超の装甲付きの大蛇。速度特化の怪物だ。一直線に俺たち、たぶん雨宮に向かっている。ここで回避したら逃げ遅れた雨宮だけが呑まれるだろう。
「〈遅延〉」
すすスが列車の急停車じみた減速をする。
はっきりとは見えないが気配で分かる。
そのまま〈操重〉で頭を圧し潰す。ベキボキと鈍い音が響く。魔石が転がったので倒せたようだ。
『……本当に、一撃で』
「おとうさん」
「うん」
『またですかっ?』
すすスがもう一匹出現。
「味を覚えられてるのかもよ」
『まさか。私を呑んだすすスは、園先さんが倒してくださいましたよね。あれ、もしかして集合意識みたいなのがあって、情報共有してる?』
「いや、冗談だ。真面目か」
今度は後方に回られていた。
振り向くことなく〈遅延〉と〈操重〉のコンボで始末。どうせ見えないなら顔を向けることもない。気配だけで倒すのにも慣れてきた。
トングで魔石を拾うはなな。すでに魔石もかなり溜まっている。荷物軽量化のマジックアイテム〈重量軽減〉があるので助かる。
『すすスの魔石を見せてください』
「ほら」
アボカドサイズのそれを雨宮に。かなり大きな魔石だ。
しばし佇む雨宮。表情は全く分からない。
『疾風鰻、だそうです。すすスの名前』
「鑑定できるのか?」
『いえ、魔石もドロップアイテムですから、触れて念じれば正体がわかるんですよ。ふふっ』
知らなかった。今まで特に確認する必要もなかったし。だから買取カウンターでも魔石を落とした魔物については聞かれないのか。
「うなぎなの? スネークは?」
「残念だけどウナギだってさ。あきらめよう」
気に入ってたのかな、すけすけスネーク呼び。
ヘビと信じてたのにウナギだとバラされたみたいな。
二人で雨宮の顔(のある場所)を見る。じっとり視線で。
『えっ。私が悪い流れ? 無粋なこと言うな、空気に徹しろよ、この透明女って?』
そこまで言ってない。




