第三十四話 深度
分岐のつど雨宮が周囲を見回して道を選ぶ。
これの繰り返しだった。
傍目にはどうやって判断しているのかさっぱりだし、これが本当に正しいルートなのかも俺たちには分からない。目印用のひっつきテントウムシくんも使い切った。白色マーカーもかすれている。こうなると完全に雨宮頼みになってしまう。
『もうすぐ出られそうです。階層の端まで行かなくても十九層への入り口があります』
「意外と近かったのか」
『当然ですよ。最短距離で進めてますから』
「雨宮様様だな」
『ふふふ。照れますねえ』
「好きなだけ照れてろ」
「てれほーだい」
どうもこいつは〈穏身〉発動中とそうじゃない時の性格が違うようだ。不可視状態だと気が大きくなるのか軽口が多い。
姿が見えなくなるだけでなく身体能力も上がるから、それなりに高揚感があるのかも知れない。もしかすると俺とはななも〈御動〉スキル発動中はテンション上がってるのかな。オラオラしてたら恥ずかしい。
やがて通路が上り坂になり、築山のような場所に出た。
『あの天辺が下層への通路になっています』
「登らないと見つからないとは」
『つい低い場所を探してしまいますよね』
天辺には火口を思わせる縦穴があり、足場になりそうな石段が続いていた。
「下の層が水没してたらどうしようかと思ったけど、これなら大丈夫そうだね。下りる前にここで休憩しよう。おやつの時間だよ」
この階層は休める場所がほとんどなかったな。
緩斜面に腰を下ろし、駄菓子の入った袋と紅茶のペットボトルを取り出す。
「ほら、雨宮も」
『ありがとうございます。私もすっかり家族の一員ですね』
「違うと思うよ」
『私の裸を見たのに』
「望まぬままに見せられたのだ」
『無防備に身を任せたのに』
「それはスキル後の硬直ではないでしょうか」
「おねえちゃん、おっぱいキレイだもんね」
『どうぞお好きなだけご覧くださいね』
今は透明だからって勝手なことを。
はななは雨宮の胸が気に入ったのか。目指すべき理想を見たのかな。
紅茶を飲み、聞かない食品メーカーのクッキーを食べる。家でじっくり味わうには特に美味くもないが、キャンプで摘まむと甘味が染みる。まさにダ(ンジョン)菓子。
『お父さん。おりいって大切なお話があります』
「お前のお父さんじゃねー」
『この桜堤ダンジョンは全二十階層ほどと言われてますよね』
「ああ。最深到達が十七階層、推定最深階層がおそらく二十階層だと」
そう発表されている。
『じつは三十層以上あります』
「え?」
なぜ分かる。
『地震波探査の結果ですよ。JECAが定期的に実施しています。その結果は一般には公表されていません。私も陸自関係のミーティングで知りました』
地震波探査は炸薬や起振装置を使うはず。
『それによると最深階層は第三十二層になります』
「三十二層って!」
「おとうさん……」
『もちろんダンジョン内部には地震波が通りませんので、あくまで推定ですが。階層の高さはまちまちですからね。極端に天井の高い階層でもあれば、もっと少ないかもしれません』
雨宮の言葉に俺とはななはショックを受けていた。
今回のダンジョン合宿で、できれば踏破、無理でも攻略の目星を付けたかった。けれどそれは桜堤ダンジョンが二十層までという前提だ。二泊三日、一応予備の食料もあるから丸一日くらいの延長はできるが、全三十二階層となると厳しい。深部には脅威度の高い未知の魔物もいるだろうし。
「おとうさん。なんどでも来ればだいじょうぶだよ。夏休みは長いよ」
早くも立ち直るはなな。確かにゴールが遠ざかったとはいえ俺たちがやることは変わりない。だけどな、はなな。夏休みが長いのは序盤だけなんだよ。終盤はあっという間だよ。
「でもプールの日は休んじゃダメだぞ」
「えーっ」
雨宮が頭を下げる。
『黙っててすみませんでした。これほどのペースで進むとは思わなくて』
「まあいいけどな。それ以外に俺たちが知っておくべきことがあるか?」
『あとは、ダンジョンコアの守護者、でしょうか』
「それってコアを守ってる魔物ってことだよな。よく知られてることじゃないか」
ファンタジー民にとっては常識だ。彼らはラスボスのいないダンジョンなんて認めないのだろう。
『あれは単にダンジョンコアのある階層にいる魔物というだけです。ネットでは守護者扱いですが、階層深度に応じた強さしかありませんし、コアを守るような行動は取りません』
「真の守護者はコアを守ると」
雨宮が大きく頷く。
『はい。二か月前にトルコ西部のマルマラ地方で、全二十二階層のダンジョンがNATOの支援を受けたトルコ国軍部隊によって踏破されました。その最深部には明らかにダンジョンコアを守ろうとする格段に強い魔物がいたそうです。これを守護者と呼称しています』
「気付かなかったよ、そんな情報」
『世界では毎日のようにダンジョンが踏破されていますし、守護者についても噂や憶測が多いので埋もれてしまいますよね』
地味な真実の発表は、派手な嘘に負けるのか。
『他のダンジョン踏破でも同様の報告がありますよ。およそ二十層を超えるダンジョンには守護者が存在する可能性が高いようです』
「すると、ここにも」
『おそらく』
三十層超えとなると、ドラゴンとかいたら嫌だな。
俺たちは別に強い魔物と戦いたい訳じゃなく、桜堤ダンジョンをサクッと殺したいだけだ。命懸けの死闘なんて御免だ。
「そのトルコのダンジョンの守護者は何だったの」
『ミノタウロスだそうです』
「迷宮の番人か。デカくて強そうだな」
「わたしがワンパンする」
絵面が怖いだろ。小学生が牛巨人と肉弾戦とか。
「よし。今回の踏破は無理みたいだ。今日は行ける所まで行って野営。明日は引き返す。はななもいいね」
「「はーい」」
娘とハモるな透明人間。




