第二十八話 足踏み
徘徊するコボルトや桃芋虫も倒しつつ、ようやく第十六層へ下りる傾斜へ。
桃芋虫はその名のとおり明るいピンク色のイモムシで、ボール状に丸まったかと思うと、うねうねと一メートルほどに体を伸ばして勝手な方向に這い進む。ひたすらそれを繰り返す。見ていて不安になる動きの魔物だ。
はななの雷撃で弾け、毒々しい鮮緑色の体液を撒き散らす。俺の加重で潰れて体液を撒き散らす。どうやっても体液を撒き散らす。目にも痛い色の液体を撒いて散らして死ぬ。色水袋かよ。倒すほどに俺たちは無口になって、ついには呻くだけになるという、どんな精神攻撃かと問い詰めたくなる困った魔物だ。
気を取り直して十六層に下りると、通路の入り組んだ迷路になっていた。
「〈ひっつきテントウムシくん〉が足りないかも」
道標用に顔料系のマーカーも持って来たが、丁寧に目印を付けていたらすぐに使い切ってしまうだろう。それに浅層とは違い、構造の変化しやすい深層だ。購入した地図も最新のものだけど測量日までは記されていない。発行日のみだ。下手に迷うと元のルートに戻れなくなる。
「これは時間を掛けるしかないね。迷路ゲームのつもりで」
「ノートとシャーペンだしてー」
「おお、書いてくれるの?」
「ういうい」
フランスか。
地図のルートをベースにして、それを再確認する感じではななに記録してもらう。貼り付けたテントウムシくんの位置も。
「きたよ、おとうさん」
「何だろうな。虫系の魔物が出るはずだけど」
迷路構造のせいでかなり接近されても姿が見えなかったりする。このまま岩壁越しにスキルで攻撃するのは簡単だが、初遭遇時くらいは魔物の確認がしたい。
今は二人とも〈気配遮断〉を切っているので、おそらく気配を察知されているはず。
「もしかしたら、魔物のうごきで道がわかるかも」
「そうか。ここで待ち構えながら動きの気配を辿れば、そこに通路があるのが分かるね」
勝手に寄って来る魔物を利用するのか。今は〈探知〉で半径三十メートルくらいなら余裕で読み取れる。とはいえ魔物を辿った先は巣かも知れない。こちらの都合に合わせて下層まで案内してくれるはずもない。
「ああ、クモだね。剣蜘蛛だ」
前方の曲がり角から姿を現した一匹の魔物。体高一メートル半の大グモだ。スキップのように跳ね飛びながら猛然と距離を詰めてくる。糸の罠で絡め捕るのではなく、飛び掛かって押さえ付けるタイプだ。前肢側面が刃のように鋭くなっているのも要注意。六つの目がオレンジ色に輝く。
「まかせた。〈遅延〉」
「あっしゅとぅーあっしゅ、だすととぅーだすと、〈裂射〉っ」
動きを止められた大グモの全身が粉々に吹き飛ぶ。
魔石とドロップアイテムが残る。
「牧師さんかよ。余裕があるからって、ちょっと長すぎるんじゃないか」
「心をこめるのです」
「ですか」
この年頃は飽きるまでやらせるしかないな。
慎重に通路を確認、ノートを取りつつ進む。仕方ないことだが探索ペースが大きく落ちていた。
「あれなにかな」
「気配が小さいね。岩、じゃないよな」
地面にプリン型の塊が十個ある。色は焦げ茶だからむしろカヌレ・ド・ボルドーかな。ちょうど腰掛けられそうな大きさだ。
首を傾げていると、みょーんと一斉に伸び上がる。天井に着きそうな勢いで。ゴムみたいに。先端をくねらせると尖った歯の並んだ口が見える。攻撃態勢に入ったのか気配が大きくなる。
「うわぁ。あれだ、ヒルだよ」
「えーっ、ひる?」
飢餓蛭。体液を吸う魔物。キモい。生理的にダメな感じ。あんなデカいのに吸われたら、あっという間に干乾びる。
「〈操「〈裂射〉!」重〉」
ヒルの群れが掻き消える。
同時にスキルが発動したけれど、スキルオーブが落ちたということは、はななのほうが早かったようだ。
「ヒルがいたら即殺そう」
「うん!」
大グモとヒルを倒しつつ迷路を進むが、とうとう行き詰ってしまった。
行き止まりだ。通れるはずの通路が袋小路になっていたのだ。地図を睨む。
「間違えてはいないはずだけど。通路が減ったのか、別の道ができたか」
「そっちをさがす?」
「ここまでは地図どおりなんだよな。ダンジョン再構成で形が変わってるんだと思う。ここは廃道になったんだろう」
疲れもあるから今日はここまでにしよう。
無理してうろついてもいい寝床は見つからないだろうし余計に迷いそう。
「この袋小路でキャンプにするよ。ゆっくり休んで頭もリフレッシュしよう」
「おおー」
退路のマージンを確保し、突き当りから離れた所に荷物を下ろす。トイレは分岐の反対側の通路にすればいいだろう。
ランタンのネイルを壁に突き刺す。長時間モードで照度はそこそこだが、ヘッドライトと違って動かないから、気分が落ち着く。
コアスキル〈清泉〉を使って、折り畳みビニールバケツに温い水を張る。希釈ソープと不織布のタオルをはななに渡す。
「はなな。体拭いちゃおう。手と顔も洗ってね。水は全部使っていいからね。父さんはミルクティー作っとくから」
「ありがとー」
携帯ポットで湯が沸く間に、バックパックを変形させた簡易テーブルと薄いクッションを並べる。一枚あるだけで体が痛くならない。
ポットに茶葉を多めに入れ、濃い赤色になったら、砂糖とミルクを入れたマグカップに豪快に注ぐ。無作法だけどジャバジャバ注いだ方が美味く感じる。
はなながホッとしてる間に俺も体を拭く。ダンジョン内は湿度が低いので、これだけでサッパリする。
「大きな虫ばっかりだね。ふつうの虫はいないのに」
「蚊がいないから夏はダンジョンの中のほうが快適かもしれないね」
数々の強力なスキルのおかげで、俺とはななにとって魔物はそれほど問題にならない。洞穴という閉塞感は確かにあるけれど、日頃から小さな家で肩を寄せ合う暮らしのせいか、ダンジョンの深層にいるのに意外とローストレスで過ごせそうだ。わが家にはダンジョンの湧く庭まであるしな。
その延長のキャンプごっことして楽しめるのも不思議ではないのかも知れない。
冷えたビールは恋しいけれど。




