第二十七話 鬼さんどちら
直線的な石積み構造の第十層。
通路の先々に濡れウサギの小集団が潜んでいた。カピバラサイズの水も滴る魔物だ。
「足下に気を付けて」
「わかってるよー」
ぽろろん、ぽろろんとウクレレを弾くはななの後ろを進む。はななが〈調律〉を発動中だ。俺は後ろで〈探知〉とナビ。
「つぎ、右」
「ほーい」
右の大通路に入る。点々とうずくまる濡れウサギがいる。もう動くこともできない。
やがて消滅し小さな魔石を残す。ウサギの糞のようでもある。そして時々ドロップアイテムも落とす。こいつらは数が多いせいか、はななでもドロップ率は高くない。このあたりは誰が調整しているんだろうか。
〈調律〉は音を発することで敵を弱体化させるスキルだ。音を相手に聞かせることさえできれば効果がある。デバフが累積するのでかなり凶悪だ。強い魔物だと効果が間に合わず接近を許してしまうが、こうした弱い魔物の群れには極めて有効だ。
ウクレレより音の大きな楽器に替えるのもよさそうだけど、はななにその気はないようだ。バッテリー駆動の小型シンセサイザーとかで、音色による効果の違いを試すのも面白そうなのに。
はななの地獄演奏&殺しヴォーカル練り歩きで、無抵抗なまま消滅していくウサギたち。これは無慈悲な殺戮の行進であり聴衆皆殺しコンサートである。
俺は周囲を警戒しつつ魔石とドロップアイテムを拾い回る。結構忙しい。キッズタレントの親マネ気分。
第十一層の馴染みの岩室でお昼休憩。何度か来るうちにここで弁当を食べる習慣になっていた。
「どう? はなな」
「おいしー」
「よかった」
今日は手作り巻き寿司。今朝作ったのでその分出発が遅れた。ゴボウ風味の甘口鶏肉そぼろと卵焼き、キュウリが具材になっている。少し酢を入れ過ぎたけれど、ここではむしろそれが旨い。作るのはちまちまと面倒ながら簡単で失敗もしにくい。デザートにリンゴを剥いて食べる。もちろん水分もしっかり補給。
「「ごちそうさま」」
岩室の隅にゴミを捨ててうんち石を置く。リンゴの皮や紙屑、包装ポリエチレンくらいなら、深層では三日もせずに消えてしまうという。
確かに前回捨てたゴミが残っていたことはない。人の少ない階層ならダンジョンにゴミ処理を任せても迷惑にならないだろう。ダンジョンが資源として吸収するのか、邪魔物として消滅させるのか、それとも魔素に還元されるのか。それはまだ不明だ。
まさかゴブリンの清掃員とかはいないと思うけど。
まあこれが深層に常設の前線拠点を作れない最大の理由な訳だが。
生体は消滅しないと信じたい。ダンジョンに潜ったらお肌がすべすべになったけど、実はダンジョンピーリングでしたでは恐ろしい。
食休み後は、破竹の進撃で第十二から十四層までを通過、ついに第十五層に到達。初めての階層だ。
「ここは、岩室がくっ付いてる構造か」
「……ん?」
「ほら、部屋を抜けるとすぐ次の部屋だろ。通路がほとんどないんだ」
「へえー」
水平方向の泡状構造とでも言うべきか。それぞれの部屋の広さは、小さなコンビニ店舗くらいから大手スーパーのフロアくらいまである。部屋同士の接触部分が開口部になっていて、幾つもの出入り口を持つ部屋もある。
壁が淡く光っていてあまり閉塞感もない。
「でも大きく包囲されると、逃げ場が無くなるかも知れないね」
俺はバックパックから小袋入りのアイテムを取り出す。
「てんとう虫?」
「そう。ちょっと地図に不安があるから、念のためだよ」
小指の先ほどの赤いボール。壁に指で押し付けると、五百円玉サイズに潰れて粘着する。その名も〈ひっつきテントウムシくん〉。光反射素材が使われていて、弱い光を受けてもクッキリ目立つ。JECAの購買で買ったけど意外にお高い。
さっそく目線の高さに貼り付ける。道標として。
深い階層になると地図はあっても完全ではない。基本通路しか探索されていないのだろう。この階層は二十パーセントも埋まっていない感じだ。
それでも次の第十六層への出口は明示されている。
「動きを制限されると嫌だから、〈探知〉は基本全方位でね」
「わかったー」
魔物が押し寄せるようなら、上手く流れを読まないと、進路も退路もなくなる危険がある。
地図を参照しつつ慎重に進む。
構造上音響の良し悪しが不明なので、はななの〈調律〉が効果的か、逆に魔物を集めることになるか分からない。
「おとうさん」
「いるね。何だろう」
少し先の部屋、というか岩室に大きな気配が四つ。初めての魔物だ。
「十五層なら、オーガかな」
「オーガって、オニさん?」
「大きくて強い鬼さんだよ。殺るよ」
鬼を殺そうという物騒な父娘である。
仕方ないのだ。地図が不完全である以上迂回するのはむしろ危険。魔物より迷子が怖い。
どれだけ鬼っぽいのか興味があるので〈気配遮断〉を発動し二人でこっそりと覗く。戸口から顔だけ出したような状態で。
おお、四匹の青鬼だ。デカい。二匹は壁を背に退屈そうに座っているが、立っているオーガの身長は二メートル半もある。丸太のような四肢を持ち、短い角が横向きに一対生えている。筋骨隆々で皮膚が艶々している。明らかにパワーファイターだ。至近で正対したら恐怖でチビりそう。
「グオッ?」
「ばれたー」
「バレたね」
「グオゴゴグオオー!」
ゴブリンなら気付かないのに、さすがにオーガは格が違うのだろう。座っていた一匹が素早く立ち上がり、手で弄んでいた岩玉を投げようとする。
「操重」
四匹のオーガが一瞬で潰れる。
危険を感じて思わず加重五十倍にしてしまった。光の粒子になって消えるオーガたち。悲鳴すら圧し潰す。これが一番静かな殺し方だ。グシャリという鈍い音が耳に残るけれど。
「あ。ごめん、はななが倒せばよかったね」
せっかくの初オーガなのに、俺が倒したんじゃ魔石しか落ちない。ドロップアイテムは絶望的だ。
「だいじょうぶだよ、おとうさん。次もあるよ」
「その時はよろしく頼みます」
言葉通り、それから何度もオーガに遭遇。
はななの〈操雷〉で九匹が感電死、〈隔絶〉で十一匹が真っ二つ、〈裂射〉で六匹が吹き飛んだ。近付くこともできないオーガたち。
なんか娘がすみません。
ドロップアイテム用の布バッグがパンパンに膨らんでいた。大漁だ。これを換金したら、はななの稼ぎが俺の年収に迫りそう。まあ名目上は俺のだけどさ。早めに税務相談もしないとな。
おやおや、嬉し涙が出てきたぞ。
「おとうさん、オーガさんってぜんぶ青鬼さんだったよ」
「ん? そうだね、赤鬼はいなかったね。どこかにいるのかな」
やはりそいつは敏捷だったりするのだろうか。




