第二十六話 夏休みはじめました
ブクマ、評価ありがとうございます。
「子供連れも多いな」
「夏休みだからだよー。クラスにもダンジョン行くって子がいたよ」
「浅層見物だけなら危なくもないしな」
「魔物見たいって子もいっぱいいるから」
「なら第三層までは混雑してるね」
七月も下旬になり、はななの夏休みが来た。
あれから庭先ダンジョンが発生すること七回。律儀に週一間隔で。いずれも単階層のトンネル状ダンジョンで踏破は容易だった。向かいの屋敷の飼い猫ジュヌヴィエーヴが勝手に同行することもあった。ダンジョン発生を嗅ぎ当ててるのかな。猫の勘か。
そして週末は何度か桜堤ダンジョンにも潜った。
雨宮董子と会うことはなかったけれど、一度だけゲート前でチームメンバーらしき探索者たちと話しているのを見掛けた。無表情な雨宮の様子からチームと折り合いが悪いのかと思ったが、他のメンバーは普通に話し掛けているので、あれがデフォなのかも知れない。清楚な雰囲気の雨宮はとても魔物の腹から裸で出てくるような変人には見えなかった。
そして今日はいよいよダンジョン合宿の日だ。
日程は二泊三日。その間桜堤ダンジョンに潜りっぱなしになる。アルミフレーム入りの容量の大きなバックパックも購入した。コアスキル〈清泉〉を取得できたのも大きい。これで自在に飲料水が出せる。荷物の容量、重量の節約にもなる。〈清泉〉は、水を出すマジックアイテムとは桁違いの量の水が出せるし、水温もある程度調整できる。流石コアスキルだ。
食料は思い付く限りの物を詰め込んだ。食べ物は飽きないようにしないとな。
今回で踏破できるならそれで良し、ダメそうなら無理はしない。血と汗と涙にまみれて復讐したくはない。涼しい顔で踏み潰してやりたいのだ。
ダンジョンごときが、いつまでも妻の、母親の墓のままではいさせないと。
けれどダンジョン協会に怪しまれ、深層探索を制限されても面倒だ。俺たちは大量の魔石とスキルオーブ、マジックアイテムを納めている。この収入がないとダンジョン活動ができないから売らない訳にもいかない。当然、そこそこ深層まで潜っていることは把握され注視されているはずだ。
この賑わいを見る限り、協会も自治体も、桜堤ダンジョンを維持したいと考えているのではないだろうか。ストップを掛けてくる可能性がある。
「〈遅延〉」
「〈裂射〉!」
俺とはななのコンボが決まる。
殺到するヘルハウンドの群れが一掃されて消えていく。
〈裂射〉は先日はななが取得したコアスキルで、自分を頂点とした円錐形の破砕空間を作り出す。威力は〈隔絶〉の超切断に及ばないが、こうしたトンネル内なら、群れる魔物を一匹残らず殲滅できる。
正直はななにはもっと防御系のスキルを選んで欲しいものだが。
「スキルオーブ!」
はななが魔物を倒すとほぼ確実に何かドロップするようになった。俺もずいぶん倒してきたが、まだ一回もドロップさせていない。
おそらくはななの〈星運〉は同行者の運まで奪っていると思う。むしろ代わりに出してくれているのだと考えよう。これが他人同士のチームなら取り分で揉めそうだが。
「〈咆撃〉だって。大声でいあつする。使用ご硬直なし」
「わんこらしいスキルだけど、こいつらそんなに吠えないよな」
「わんちゃんの鳴きまねが上手くなるかも」
「……その発想はなかった」
ここはすでに第九層、夏休み勢はいない。いつもと同じ閑散ぶりだが探索者がまるでいない訳でもない。鉱石採掘の企業チームが交代で常駐している。設置の許可を取ったのか真新しい誘導ロープが巡らせてある。
〈探知〉に人の気配があれば避けて進む。感知系のスキルも色々あるが、コアスキルの〈探知〉には劣るらしく、相手に先に気付かれることはないはずだ。
「あ。あれだー」
「後ろから雲霞だね」
はななも気付いたらしい。
雲霞は無数の羽虫の群れだ。それぞれがスズメバチくらいの大きさで体色は赤い。一塊になって飛ぶ羽音が妙に低く響く。不吉な赤い雲が迫るようだ。
群れに呑まれると毒針地獄が待っている。
「ちょっと実験」
俺は加重スキル〈操重〉で雲霞の体重を三倍にする。
数千の羽虫が一斉に不時着し、蠢く赤絨毯になる。それでも脚を使ってもぞもぞと這って来る。
さらに重さを倍にする。
もうピクリとも動かない。でも死なない。
一転して体重を三分の一にする。混乱しているのかバランスが取れないのか、勝手な方向に乱れ飛び、壁や仲間に衝突している。
重さを五分の一にする。
細かくジグザグに飛びながら旋回を始める。もう完全に異常行動。
そして体重を元に戻す。
最初の状態に戻るかと思いきや、全ての羽虫が墜落して消滅。魔石が一つだけ転がる。
「うーん」
「どんなじっけん?」
「じつは重さを操作したのは一匹だけなんだよ。なのに群れ全体が影響を受けた」
数え切れないほどいるのに落とす魔石はたった一個なのだ。羽虫全部合わせて一匹扱いらしい。中心になる個体がいるとも考えたが、適当に選んだ一匹でこの結果になった。
確か通常の物理攻撃だと、雲霞は一匹一匹倒さないといけないはず。一匹殺しても全部が同時に死んだりしない。
「たぶんダンジョンスキルを使わないと倒せないようにしてるんだと思う。この先に進むならスキル必須、みたいな」
「きづいた人にサービスしてるのかもー」
「ふふ。ならいいのにね」
ダンジョンの思惑なんて、実のところ何一つ分からない。
もし本当に地球を侵食するつもりなら、魔物の大氾濫、所謂スタンピードを起こさないというのは上手いやり方かも知れない。
地下深くに恐ろしい魔物がいてもそれが地上に出ることがないなら、いつまでもただ怖がってはいられない。地下資源やインフラが直接被害を受けている場所でなければ、警戒すべき不気味現象ではあるものの、日常生活を犠牲にするほどのものではない。積極的に受け入れることはなくても自然に並存できてしまう。
そう、共存ではなく並存だ。
人喰いの魔物がダンジョンから溢れ出る事態になれば、人類は全力でダンジョンを滅ぼしに掛かるだろう。国も政策としてスキル保有者を増やし効率的な戦いを始める。そして国際協調も実現するのではないだろうか。
また、現状よりさらに価値の高い資源がダンジョン内で見つかれば、ダンジョン利用権を奪い合う激しい争いになるかも知れない。
今のダンジョンの微妙かつ絶妙な存在感が、意図されたものかすら誰にも分からないのだ。
「いつもこっち通るから、今日はこの道にしようか」
「そっちはスライムしか出ないもんね」
「はななも必殺技飽きたろ」
「うーん。そだねー」
「地図だとこの道も階段への距離は変わらないみたいだし、別の魔物がいるかもよ」
「おとうさん、まかせた」
「任された」
雨宮董子の度を超えた回復で、はななの〈神酒授与〉はダンジョン外での傷病にも効果があることが分かった。
これは明らかに特異なコアスキルだ。
〈神酒授与〉ははななが取得して以降、ダンジョンコアのスキル選択に現れていない。おそらく極めて希少なスキルなのだろう。しかし唯一ということもないはずだ。
世界では数千、日本でもわが家の庭先ダンジョンを除いて数十を超えるダンジョンが、すでに踏破され消滅している。それだけのコアスキルがばら撒かれていることになる。そして他にもまだ知られていない強力なスキルがあるのは間違いない。
ダンジョン内だけで使える強力な異能、スキル。
ダンジョンコアに至り、それを消滅させるための能力を、ダンジョン自身が与えているという矛盾。
誰かがそれを仕組んでいるはず。
そこには一体どんな思惑があるのだろう。
どんなルールがあるのだろうか。
「なんだ、こっちのほうが床が平らで歩き易いじゃないか。通路も広いし。……ん?」
「どうしたの、おとうさん」
「あちゃー、選択を間違えたかな。スライム詣でをすべきだったか」
「あ、このかんじは、オークさんが、いっぱい?」
「ち。〈操重〉!」
「まってー!」
今のところダンジョン資源は、魔石のエネルギー利用も鉱石採掘もドロップアイテムも、数量的には微々たるもので、既存の巨大産業構造を変化させるまでには至っていない。しかし、新素材革命などの切っ掛けがあれば流れも変わるだろう。
いずれにせよ、自分たちが暮らす大地の下に不気味な空洞が存在し、そこに奇怪な怪物が巣食っているという事実は、どうにも地獄の底やら黄泉の国やらを連想させ、かつて経験したことのない不安を人類にもたらしていた。
「ぎゃー。もう魔石になってる。もっとがんばってよ、オークさん」
「排除完了。……ふっ」




